第332話 弱兵卒と強きアウトロー達に怪人を添えて
――――――時は少しさかのぼって……
「フー、まさしく何もないな。どこまでも砂漠しか見当たらん」
リュッグは周囲を見回す。
王都ア・ルシャラヴェーラから、街道……ではなく、道なき道を一路、北へ進むこと4日。
途中、王都の北15km弱の場所にある町、ハルア・バフルに立ち寄った以降は、ひたすら何もない砂漠を突き進む。
「い、いくら最短だって言ったって、無謀過ぎやしやせんかい??」
アワバは不安げに歩く先を見て、目を細めた。
激烈にヤバイ。何も見えない。砂漠の地平線オンリーだ。
『心配はいらぬ。方向はあっておるでな、遭難はせぬよ』
「だ、だからってぇー、 “ 死の砂漠 ” を行くっていうのはやっぱしキツいと思うんですけどっ」
ミュクルルがヘロヘロになりながら抗議の声を上げた。
死の砂漠―――立ち入れば死ぬ、というわけではなく、魔物がいない、近づかないエリアという意味で呼称されている、ファルマズィ=ヴァ=ハールの名所だ。
なら安全な場所じゃないかと思いがちだが、魔物どころか普通の生き物すらいない。本当にガチで砂しかないので当然、人間も住めない。
だがこの砂漠が北側に広がっているおかげで、王都は天然の守りを得ている。
―――が、本当に何もないので、完璧のさらに数段心配性を詰め込んだ準備をして臨まなければ踏破不可能。
もちろん旅人などいるはずもなく、物資枯渇や迷子はイコール死だ。
『食料は十分あろう? 我がいるゆえ、迷う事もなし……問題はあるまい、そう嘆くでない』
行けど歩けど砂と空と太陽だけ。
今、自分達がどこにいて、どれだけ進んでいるのかも分からない。
肉体的な疲労以上に精神的な疲労が重なっていく。
「とはいえ、さすがに我々人には大変ですな、この道程は」
ファルメジア王がつけた兵士10名の隊長、イクルドが
彼女には疲弊の色がない―――さすがは神様、ということかと感心する。
『普段鍛えておるであろう、そなたらでも疲労困憊か? ……やれやれ、今世の者は本当に軟弱になっておるのだな』
神はいっそ哀れだと言わんばかりだ。
一体彼女の本体が生きていた時代の人々はどれほどのモノだったのか、ここまでくると興味すら湧いてくる。
「それよりも、ええと……」
『
「そう、それです。そいつらって本当に大丈夫なんですか? 聞けば魔物だって話ですが――――」
イクルドが失礼だぞと睨む。
兵士の一人で、イクルドの副長を務めるサルダンは、やや呆れた視線で隊長を見返した。
イクルドは王より直接、命を受けているという事もあって、アムトゥラミュクムをそこまで疑ってはいない。
だがサルダンをはじめとした残り9人は、正直なところ胡散臭いとしか思っていなかった。何せ " 神 " だという上に、こんな場所に連れてこられて不満が蓄積しているのもあって、強い疑いを抱いている。
『魔物、というても進化を繰り返し、今では人の見た目そのものになっている故、案ずる必要はない。……もっとも1体で汝ら全員よりも強いゆえ、気持ちを身構えさせておくは賢明ぞ?』
「ま、マジすか……」
サルダンはますます怪訝そうにアムトゥラミュクムを見る。
尊敬の念など皆無―――他8人の兵士らも同じような表情をしていた。
「お前達、いい加減にしろ! 陛下直令の任務だぞ!」
「へいへい、分かってますよイクルド隊―――ちょ、ぉおおおおっ!!!?」
刹那、足元が一気に盛り上がって、サルダンは地上から30mはあるかという高さまで、空中へと放り出された。
「いかん! あの高さは危険だぞっ!!」
リュッグが叫ぶ。
中空を舞うサルダンの身体は、受け身など到底出来そうにないほど、態勢が崩れている。
しかもその直下には―――
『キュァァアア……』
「ひぃい!!? サーペント・ガ・イールだぁぁ!?」
近くにいた兵士達が逃げ惑う。砂中から身を起こして立ち上がったのは、龍の肌にも似た鱗を纏う、巨大な怪魔獣だった。
サーペント・ガ・イール。
小さくても余裕で体長20mオーバーという、巨大なウナギ系の魔獣で、物理的に潜れるならば、土だろうが砂だろうが真水だろうが海水だろうが溶岩だろうが……とにかく泳ぐ場所を選ばない。
凄まじい生命力を誇り、万の兵士をもってしても討伐できるかどうか分からないほど強力で巨大な魔獣で、かつてはドラゴン種と思い込まれていた事もある。
切なげなその鳴き声とは真逆に、好戦的で凶暴。
ひとたび陸に姿を表せば、都市の2つ3つは壊滅するとまで言われ、魔物達の中でも国家存亡の危険アリとされる一級警戒対象の魔獣である。
『他に魔物がいないゆえ、この辺りを縄張りにしておったのか。しかし……フフッ』
生意気な態度をとっていた兵士達が、
……とはいえ、同時に心配にもなった。兵士がそんなで大丈夫かこの国は、と。
「ひいいいい!!?」
サルダンが落ちて来る。その下でサーペント・ガ・イールがゆっくりと口を開けていく―――食べる気満々だ。
『やれやれ、世話の焼けるモノよな』
アムトゥラミュクムが片手を滑らかに上げると、そこからゆらりと揺らめく赤い気流が生じる。ソレが怪魔獣が伸び上がるよりも先に、落下するサルダンにまとわりつき、その身を引き寄せた。
ボスンッ
「はひっ!? ……はー、はー、た、たしゅかった……?」
『かわいく噛んでしまうほど安堵しておる場合ではなかろうて。
「はぁっ!? す、すびばせんっっ!!」
鼻水を盛大に垂らしながら、慌ててアムトゥラミュクムに抱かれてる自分に気付き、飛び降りるサルダン。
一方でサーペント・ガ・イールは口をモムモムさせているが、何も感触がない事に気付き、不思議そうに空や辺りを見回しはじめた。
「かなりの大物だな―――どうするっ?」
リュッグとアワバらは既に戦闘態勢を取っているも、実際に攻撃はまだ行わない。アムトゥラミュクムに指示を仰ぐ。
緊急の不意遭遇に対し、傭兵や賊徒の方がよほどできているという現実に、アムトゥラミュクムはますます哀しくなった。
『やれやれ、ボウヤの国がここまで弱体化しておろうとはな。……心配はいらぬ、リュッグよ。どうやら、シャルーアの
アムトゥラミュクムが言い終わると同時に、北の地平線に何かが砂煙を上げているのが見えた。
しかしドドドドという地響きはなく、シュォォッという空気を鋭く削るかのような風切り音が段々と大きくなってくる。
サーペント・ガ・イールもその近づいてくる存在に気付いたようで、リュッグ達ではなく、そちらに意識を向け始めた。
・
・
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「ルッタ、この気配……分かるか?」
「俺、分かる。これ、母の気配?」
少し異なるような、しかし非常によく似ている、この世でもっとも敬愛する人の気配。
まだ数kmは離れているが、間違いないとザーイムンは頷き返す。
「すぐ傍に魔獣の気配……というか見えているな、大物だ」
「俺も、見えた。ザーイ、急ごう」
「よし、速度をあげて突っ込むぞ、ルッタ!」
あまりにも頼もし過ぎる子らは、ただでさえ異様なスピードを、さらに加速させ、現場に急行した。
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