第326話 絶えてはいなかった太陽の雫




 メサイヤが連れている部下はおよそ500。賊として見れば多いが、兵として見た場合は少数だ。しかし、メサイヤの醸し出す強者の雰囲気がグラヴァース陣営の人間に彼らを侮らせない。




「……と、いうわけで、このお嬢―――シャルーア様より預かっていた剣を通し、王都におわすアムトゥラミュクム様と繋がりが生じている、という事だ。信じがたい話かとは思うが」

 メサイヤの一連の話の内容は、普通に聞けばかなり頭のおかしいモノに思えるだろう。

 何せ神様が顕現しただの、その力がここまで届いて何気に守ってくれているだの、あまりにもスピリチュアルうさんくさい話に過ぎる。


 まだ、あなたの明日の星占いの運勢は吉です、と言われる方が信憑性を感じられるだろう。

 事実、話すメサイヤ自身もどこか懐疑的な部分が拭いきれない様子で、静かに話を聞いていたグラヴァースも、思わず片眉をひそめる。


 だが夫が何かを言う前に、ムーが口を開いた。


「納得。非常に助かる……アムトゥラミュクム様」

「? ムーは今の話、信じるのか??」

 グラヴァースはあっさりとメサイヤの話を受け入れたムーに驚く。

 言っても元一国の姫君だった人間だ。しかも兵産院という地獄を生き抜き、魔物という凶暴な敵と命がけで渡り合う傭兵をこなしてきた妻……楽観的なようでいて、意外にも非常に現実的な思考と判断をする女性であることを、グラヴァースは理解及んでいる。

 そんな彼女が、怪しい神秘的な話をすんなり受け入れるのは、かなり意外な事だった。



「シャルーアと最初、出会った時…から、感じて、た。普通じゃ、ない……何か底知れない、雄大で、すごく…大きな何か、あるって。だから今の話で、すごく…納得」

 メサイヤも含め、妹のナーまでもが少々唖然としている。

 実際、ムーにもア=スワ=マラの古来、聖王国と呼ばれていた時代の王家が持ち得た特別な力、その片鱗がある。それは今日において近しい親族兄弟……もっとも血の近い妹であるナーにすら発現しなかった、不思議な覇気ある力だ。

 (※「第195話 非道の血筋に1滴の聖雫セーダ」参照)


 そして、それは絶対の根源・・ではない事を、ムーは感じていた。


 更なるしゅが、上にいてその庇護を受けているという感覚―――


「―――それが、アムトゥラミュクム様。…太陽の、神。話聞いて、確信」

「そ、そうか……奥方はこの話、信じられるのだな」

 メサイヤとて、実際に不思議な経験をし、話をし、そして力を貸してもらっている以上、神かどうかは別としても、超常的な何かであるとは思う。

 しかし、それでも100%信用できたものではないと、疑い続けていた。


「正確には、シャルーア―――シャルーア様の血に宿ってた、アムトゥラミュクム様の片鱗……が、正しい、思う。あなたの話、聞く限り…シャルーア様の身体、借りて、顕現けんげん……されて、る…状態。だから、たぶん…動けない・・・・

 ムーは、驚くほど正確にアムトゥラミュクムを理解していた。

 一度として会ってもなければ話をしてもいない、遠く離れたところにいる相手を、ここまで理解するなど通常は不可能。


 だが、兼ねてより自分の中にある、受け継いだ太古の聖なる力の欠片が教えてくれるのだ。なぜならソレは、他ならぬアムトゥラミュクムの眷属―――太陽の聖力なのだから。





――――――王都、ア・ルシャラヴェーラの後宮。



『ふむ、どうやらメサイヤとグラヴァースらは無事、合流できたな』

 リュッグ、ファルメジア王、ハルマヌークを前に、お菓子をくわえていたアムトゥラミュクムが急に口を開いた。


「お分かりになるのですか?」

 遠方の様子が手に取るように分かるという感覚は、並みの人間には理解できない。

 ファルメジア王は興味深そうに問う。


『うむ……メサイヤが持つシャルーアの刀がある限りはな。―――ほう? そうか、そういえばそうであったな、フッフ……』

「? どうしたんだ、何かあったのか??」

 急に意味深に笑い出した神に、リュッグは事態の急変を危惧する。

 が、そうではないとアムトゥラミュクムは片手をひらひらと振るって、ソレを否定した。


『はるか昔……我が眷属の者が血が、辛うじてのこうておるようでな。その血を唯一継ぐ者―――ムーがグラヴァースの傍におる。道理でやたら感度・・良く感じられよるもので、この奇縁についわろうてしもうた、クックック♪』

 長い長い時間―――歴史の果てに薄れ、その聖なる意志も潰え、神の眷属であった事さえも忘れ去り、暴虐と欲望に支配された愚かな血筋。


 だが、その系譜にひとしずくだけ現れた聖雫セーダの継承者は、紛れもなく、太陽の眷属たる聖王の子孫。


 己が家族にも等しい者であった血が、今日こんにちにおいて腐敗しきっている事の、なんと悲しいことか。


 その中で芽生えた一凛の正しき聖なる花ムー



 数奇よのう、皮肉よのう……それがいとおかしくて、アムトゥラミュクムは上機嫌に笑みを浮かべ続けた。



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