第325話 エル・ゲジャレーヴァ戦線の夕餉
エル・ゲジャレーヴァの戦況は、意外にも悪くなかった。
それは、グラヴァース准将が護将たる一角の維持を見せ、優れた采配と戦闘を展開しているからに他ならない。
「よし、全軍退避! 十分だ、これ以上の攻撃は必要ないっ」
「「ハハァッ!!」」
グラヴァースの強みは、その戦闘状況を見極めるセンスの高さにあった。味方の優劣はもちろんのこと、戦場の呼吸とでもいうべきものが直感的に感じ取れている。
なので戦闘において彼の指揮には間違いがなく、しかも十全にその才を振るう事もできていた。
そんなグラヴァースの活躍を支えていたのが他でもない、ムーであった。
――――――別角度で戦場を遠方より望む岩場。
「ん。問題ない……敵も下がった」
「い、いえ、心配致しましたのは戦況ではなく、ムー様の御体の方で」
「そっちも問題ない。胎教にいい」
戦場を監視しつつ、時折超遠距離狙撃をする―――そんな胎教聞いた事ないと苦笑するのは、ムー直下の部下たる8人、
(※「第216話 身籠る奥方様は、安静にする気がない」参照)
数か月前まで新米だった彼らだが、ムーとナーのスパルタ教育のおかげで、グラヴァース陣営でも屈指の銃兵に成長した。
「そんな、こと、より……全員、整列。メンテ開始」
「「「! ハイッ!!」」」
砂漠の多いこの国では不利と言われがちな武器である銃だが、8人の精鋭たちは完璧に扱えるようになっている。
こんな砂塵舞う野外にあっても分解、清掃、組み直しをわずか10分ほどで行えるそのレベルは、銃の普及で先をいくエウロパ圏の国のトップエリートすら舌を巻く。
が……
「遅い。雑でいいとこ、もっと早く……、ナーに教わった、はず」
「「は、はいぃいっ」」
ムーが、魔改造しまくりの長大な愛銃のメンテをたった3分で終わらせるのが凄すぎるのであって、彼らとて十分すぎる優秀さなのだが、この姉妹はこと銃に関しては一切の甘えを許さない。
いくら既成品の比較的シンプルな銃とはいえ、10分も簡易メンテにかけるのは遅すぎるというのが姉妹の認識であり、8人はさらなるレベルアップを日々求められ続けていた。
・
・
・
「うん、まあ……相変わらずでよかった」
夕食時、ムーの体調を気遣って声をかけるのも、それに対していつもと変わらぬ問題なしの返答も、ここ毎日の日課になりつつある。
グラヴァースは、本当に妊婦なのだろうかと夫ながらに不思議に思いながら、ムーにスープの入った器を手渡した。
「ん。……でも、ま、そろそろ出産、近い。あのコらも、
「! お姉ちゃん、そろそろ?」
妹の問いにコクリと頷き返すムー。その意味するところはすなわち出産だ。
理解したグラヴァースは、苦しそうな表情を浮かべる。
「すまない。俺がもっとしっかりしていれば、今頃は宮殿でもっといい環境で―――」
謝りかけたグラヴァースの口に、ムーがスープをすくった自分の匙を突っ込んで止めた。
「まったく問題ない……地獄より、マシ。何なら…砂漠のど真ん中でも、ひり出せる、私たちは」
「そそ。なーんせ衛生状態最悪、医者も道具も薬もなしな、メチャクチャな環境に比べたら、魔物の死骸が転がる戦場のほーが天国ってもんだしねー。グラグラ
慣れた女の気楽さ。
ムーは
己の妻たる女性とその妹がいう地獄とは、一体どれだけ酷いものだったのか、グラヴァースには想像もつかない。
だが、皮肉にもその地獄の経験が、この姉妹に強くてたくましい、肝のすわりまくった精神力をもたせている事だけは間違いない事実だ。
砂漠のど真ん中に仮設の陣を敷いただけのこの状況下で、お産を控えるというのは本来なら危惧すべき事だが、ムーとナーはまったく問題なさげで、そこだけは夫として安堵していた。
「……それに、神様が、守ってくれてる……から、大丈夫」
「? 神様??」
グラヴァースは小首を捻る。答えを求めるようにナーに視線を向けるも、ナーもよくわかんないんだよねー、とジェスチャーで応えた。
「ねーねー、お姉ちゃん。ちょい前もそんな事言ってたけど、神様って?」
「シャルーア。……流れてきてる……向こうの方、……から、強い……太陽の、力……明らかに、私達に向かって…流れ込んできてる……」
そう言ってムーが指し示したのは王都のある方角だ。
確かに今、シャルーア達は王都にいるはずで、ムーの言う事も分からないでもない。だが妹のナーでさえ、若干懐疑的だった。
「シャルちんが神様?? うーん、よくわかんないよ」
「ん、私も……よくわかってない。けど……
ムー自身も具体的にどうとは言い難い感覚―――表現する言葉としてもっとも当てはまりそうなものを選んだら、“ 神様 ” や “ 太陽 ” というワードがしっくりきたというだけで、実は本人もよくわかっていない。
だがそれを肯定する声が、3人にかかった。
「奥方のその話、間違ってはいない。……
案内してきた兵士が慌てて無礼だぞ、と言いながら抑えようとするのもモノともせずに1歩踏み出す豪傑。
一瞬、剣を抜こうと身構えかけたグラヴァースだが、ムーが大丈夫とジェスチャーだけで促した。
「いかにも……私がグラヴァースだ。先ごろより部下より話は聞かせてもらったが、貴殿が?」
「はい、メサイヤ一家の
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