第322話 黒褐色の将軍は神を信じられない



――――――ファルメジア王の執務室。


 王は、エル・ゲジャレーヴァへの軍事的支援策をまとめ、有力な将軍を呼んでそれを見てもらう。

 とはいえ、かなり厳しいことに変わりはなく、その内容は素人目から見てもお粗末極まりないと言える。


「歩兵400、騎兵100、荷駄25……で、ございますか……」

 内容を見せられた王都駐在の将、ドゥマンホス中将はしかめっ面を隠さなかった。




 隣国ワダン=スード=メニダ出身の黒褐色肌に、彫りの深い顔立ちの40歳軍人は、それだけでも迫力満点だ。


 他国出身ながらイチからこのファルマズィ=ヴァ=ハール王国で出世した、いわゆる叩き上げの軍人たる彼は、優秀にして王からの信頼も厚く、彼も王への忠誠深い男である。


 が、そんな彼でさえ、思わず礼を失してしまうほど見せられた援軍の内容はお粗末なものだった。



「ドゥマンホスが呆れよるのも承知の上ではあったが、それでも今、すぐにも出せるのはコレが限界なのだ……情けない限りであろう?」

「滅相もござりませぬ。王の責では―――」


「いや、ワシの責任だ。これも日頃よりぬくぬくと平和に溺れておったツケであろうな……それでだ、ドゥマンホスよ。当然ではあるが、これではかの地への援軍として到底不足しておる事は分かり切っておる。あるいはエル・ゲジャレーヴァに到着するまでに至らぬやもしれん」

 王は決して暗愚なわけではない。が、平和ボケした大臣どもの中、難しい政治の駆け引きを絡めた上で、国の平和ボケ脱却は簡単にはいかない。


 魔物の活性化以前は、方面軍や護将制度すら縮小すべきだという無能大臣どもの主張を跳ねのけ、最低限の軍事力は何とか維持し続けてこれたのは、他でもない王の努力の結果だ。


 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国でも歴代きっての名将アッシアドに師事されたこともあってか、王は軍事力というものを軽んじてはいない。

 が、それでもこうして有事には窮する事態になってしまう。



「(ファルメジア王の苦心も致し方なし……とはいえ、捻出できぬはやはり厳しいものがあるな)」

 ドゥマンホスとて軍の要職だ。現実は痛いほど理解している。

 先日、エル・ゲジャレーヴァの現状を伝え聞いた時には、絶望感すら感じたもので、最悪は見捨てるという選択肢も覚悟しておかなければならないかもしれないとさえ思った。


 だが王はどうにかしたいと思っておられる―――だからこそ、自分に相談したのだ。


「……王都の治安維持の部隊を動員できれば良いのですが、貴族や大臣どもの不祥事が相次ぎ、王都の民にも不安が募っております。ここから兵を割くという事自体が、さらなる不安を煽ることにもなりかねませぬゆえ、捻出は厳しいでしょう」

 王都は大きく、しかも人口が増加傾向にある今だ。

 治安維持の部隊は万を数える兵を要してはいるが、それはこの王都の広さと人口に対応するのに必須であり、減らすことは難しい。


 さらにドゥマンホスは続ける。


「アムトゥラミュクム様がおられる以上は、王宮の警備も割く事はできないことでしょうから、第一はこれで良しとしましても、第二第三と更なる増援を手配する事も難儀致しましょう」

 ドゥマンホスの言葉には、ピリっとしたトゲがあった。


 敬称こそつけてはいるものの、彼は明らかにアムトゥラミュクムの事を良く思っていない。

 実際に接していないということもあるが、神という割には後宮に居座っているだけで、何らその恩恵を感じることが出来ていないのが、その最たる理由だ。


 それどころか、彼女がいる事で後宮や王宮周りの警備に兵を割いている現実がある。

 軍の一将軍職にあるドゥマンホスから見れば、現状ではありがたい神様というよりは、どうしてもお荷物な女という印象しか抱けなかった。




「そう皮肉を申すでない。アムトゥラミュクム様のお力で、グラヴァース准将らの生存確認が取れておるし、今に先んじて多少の援軍も送ることが出来ておるでな」

「? そうなのですか? それは初耳です」 

 それでもドゥマンホスの態度には、神への不満さがにじんだままだった。


『フフ、そのように言うたところで、この者は納得すまいて。” 神を詐称する傾国の女 ” などとても信用できなかろうしな?』

 ドゥマンホスはギクリとして、思わずその場で跳びあがってしまいそうになった。


 背後から気配もなく声が上がったというのもそうだが、誰に対して口にも出したことのない心の中の言葉を言われて、驚愕しない者はいないだろう。


 慌てて振り返るとそこには、遥か見下ろす小柄な女が面白そうにクスクスと笑っていた。


「む……お前―――いや、まさか貴女……様が?」

『そう無理をせんでもよいぞ? 心よりの敬念なくば、礼儀尽くしたとてむしろ不敬と言えるでな……そう、我がアムトゥラミュクム本人である、良しなにな、ドゥマンカ中将?』

「あ、ああ……その、まぁ、何というか……よろ、しく?」

 接し方に困るドゥマンホス。

 事実、彼女の言う通り敬念がないのは本当だ。しかし忠節尽くす王が敬っている相手である以上は、上っ面だけであろうとも礼儀を尽くすべきだろう。だがしかし……


 そんな心の葛藤が止まらず、彼女に接する上での己の態度を決めかねて戸惑う。


『なかなか根の真面目な良いおのこよ。いささか堅くあるようだが……我を信じられぬのは無理からぬこと。人は神の姿を信じぬ、神の奇跡をもってようやく信じる―――いや、それでもしつこく疑うであろうか、汝は?』

 ややからかうような口調に、ドゥマンホスは少しばかりムッとする。


 何か言い返したくはなるがここは王の執務室だ。陛下の御前でみっともない口ゲンカなどしたくはなかった。


「そうですな……その言は、おおむね正しいかと思われます。わたしめは矮小なる身ゆえ。それで、神様はいかなる御用でしょうか?」

『なに、ボウヤには何かと力を貸しておるでな……此度も多少、助力してやろうというだけよ』

「ほう……それはそれは、ありがたいお話で。一体どのようなお力添えをいただけるのでしょうかな?」

 ドゥマンホスは変わらず、どこかピリッとしたものを含めながらアムトゥラミュクムに対し続けた。



 本来ならば不遜極まりないことだが、国や王を想っての忠義心がその根底にある事が分かっているので、アムトゥラミュクムは軽く微笑むに留め、不快よりもむしろ心に芯ありとドゥマンホスの態度を良しとした。



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