第315話 後宮の華たち、外食する




――――――王都ア・ルシャラヴェーラ。古い街角の一角にある飲食店。



『……と、いうわけでだ、メサイヤに諸々伝えておいたでな。安心するがよい』

「お手数をおかけし、申し訳ございませぬ、アムトゥラミュクム様」

 深々と頭を下げるファルメジア王。


 それを何とも不思議なものを見るといった視線を向けているのは、側妃や護衛の兵士達ばかりではない。


「(て、店長……陛下が頭をおさげになっているあの女性は誰なんでしょう??)」

「(わ、わからん。わからんが、とにかく高貴な方には違いない。くれぐれも全員、粗相のないようにな!)」

 飲食店のスタッフたちは、緊張の坩堝るつぼにあった。


 何せ陛下が貸し切り―――しかもその名目が、絶対に後宮から出ることのない側妃達を伴っての食事会だというのだから、受け入れた店側としては一大事であると同時に名誉の大チャンス。

 張り切りたい気持ちと僅かな失敗もできないという緊張が織り交ざった複雑な心持ちで、店員たちは店内を行き来していた。





「しかし、なんでまた外食を? 食べたいものがあるなら、後宮に届けさせることもできるだろうに」

 リュッグの疑問に、アムトゥラミュクムはクスリと微笑む。そして優雅に片手をあげたかと思うと、一番近くにいた店員を見据えた。


『そこの。水を1杯持って参れ、それとルグァィマット一口ドーナッツを全ての卓に配せよ』

「は、はいっ! すぐに手配いたしますっ!」

 アムトゥラミュクムの注文に、言われた店員は大慌てで駆けていった。


『いかに恵まれておるとはいえ、常に同じ環境に身を置くは心身に良からぬモノを溜め込むものよ。ボウヤとて、心荒んだ女と一夜を共にしたくはあるまい?』

「は、はぁ……それは、まぁ……何といいまするか……」

 答えにくいことを言われ、言いよどむファルメジア王の様子をさも楽し気に眺める神は、視線を王の隣に座るハルマヌークにスライドさせた。


「異なる環境、そして空間を楽しむ―――慣れない場と空気だからこそ、新鮮な心持ちを得られる……ってとこだねぇ」

 ハルマヌークは娼館の娼婦だった身だ。たとえ同じ場に延々と缶詰になろうとも、それを強いられる職業と分かっていて勤めていた。

 なので彼女は別に、後宮に何か月、何年と引き籠らせられようがまったく問題はない。

 しかし他の側妃、特に年若い者ほど、やはり後宮に詰め込まれたままというのは耐えられないところもあったようで、ちらりと他の卓の様子を伺うと―――



「まぁ、このお店の料理には、後宮にはないものがいくつかありますわ」


「この飾りもの、いい感じですわね」


「こういう雰囲気の室内もよろしいですわ。シックな赤物を今度、部屋に飾りつけてみようかしら?」


「なかなか見晴らしがよいですわね、ここ」「窓も大きいですし、砂漠まで見えるわね」「見てくださいな、青空の広がる先……砂嵐かしら? あの空の変わるあたりは絶景ですわね」



 側妃達は皆、どこかキャイキャイと浮かれている。後宮では普段見たことのない彼女達の素が、表に出てきているようだった。


『神に願うならば貢ぎ物は必須というもの。ついでに良き計らいをしてやろうという我なりの “ さぁびす ” というものよ。それに……』

 アムトゥラミュクムの表情が鋭くも真剣なものへと変わる。


 スゥゥゥ……フォウッ!!


「!?」「なっ」「??」

 ファルメジア王、リュッグ、そしてハルマヌークの周囲が暗くなり、他の人や物がその輪郭線だけを残すような状態に変わる。


 何よりすべてが至極遅い。時間が間延びしたように、動くものが超スロー状態になった。


『<アソコ後宮 ニハ、イムベキ忌むべき ソンザイ存在 ノ シト使徒 ガ イル>』


 ヒュブンッ!!


 その一言を紡いだ直後、空間は通常に戻った。4人以外は誰も変化に気付いていない。


「(なんだ、今のは?? 声のような、頭の中に直接浮かばせられた文章のような……)」

 リュッグは思わず、自分の頭に触れて、今の一瞬の不可思議な体験を振り返った。しかしファルメジア王はその内容が気になったようで、思わず上半身を前のめりにして、対面するアムトゥラミュクムに軽く詰め寄る。


「そ、それはどういう―――」

「陛下、落ち着いてー。普通に言葉にできない、って事は……ですよね、アムトゥラミュクム様?」

『フッ、ハルマヌークの方がよく出来ている。ボウヤも見習った方が良いぞ?』

 すでにアムトゥラミュクムはリラックスし、注文したモノを今か今かと待つ態勢だ。


「(後宮を出て、わざわざ市井の店を貸し切った理由が、後宮では言えない事を言うため? ……ということは)」

 リュッグはそれとなく、自然な風を装いながら側妃達や護衛の兵士らを見回した。


 おそらくここにいる者達は全てシロで、その “ 忌むべき存在の使徒 ” とやらがいるのはこの場にいない、後宮の人間ということ。


「(ヴァリアスフローラも今日はいない。妊娠による実家絡みの手続き事と仕事だと言っていたが……まさか? ―――いや、違うか)」

 考えかけて、それはないなとリュッグはすぐさま否定した。


 もしヴァリアスフローラがその “ 忌むべき存在の使徒 ” であった場合、あまりにも位が高すぎる。後宮においてはある意味、側妃達よりも目立つ立場だ。

 正体を隠し偽って潜入するにしては、バレるリスクが高い。


「( “ 忌むべき存在の使徒 ” とやらの目的にもよるが、潜入活動をするとしたら、あまり目立たない、普段でも存在感の薄いポジション……つまり使用人や兵士といった立場だが、その中でも側妃に日常で接する役目の者はないだろうな)」

 実際、今この店への外食に同行している兵士や側用人たちの顔ぶれは、普段から側妃らの近くにいて、入浴やトイレまで同行する者達ばかり。





 つまり、そうではない使用人の中に、ソレ・・はいる、ということ。


『(さすがリュッグよな。辿り着いたか)』

「(! ええ、まぁ……では彼女達・・・をどう処理すると?)」

 アムトゥラミュクムからのテレパシーに、どう返答するのか分からないが、とりあえず念じてみるリュッグ。


 どうやらそれで通じるようでアムトゥラミュクムは答え返してきた。


『(単なる人間の・・・権力争いの一端であるならばボウヤの領分ゆえ、我がわざわざ出張る必要はなかった。だがあやつら・・・・となれば事情が違う。しかし今はまだ、我の存在を悟られるは危うい。シャルーアが十全にならぬ内は、危険なのでな)』

 リュッグは、アムトゥラミュクムの言わんとしている事がぼんやりと理解できた。


 表向きは、ちょうどやってきたルグァィマット一口ドーナッツに、皆と共に舌鼓を打って談笑しながらも、思考はその件の処理の仕方について考え続けた。



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