第316話 路地裏での残業手当は太陽の刃
「ご苦労さま、明日もよろしくお願いしますわね」
「はい」「お先に失礼します、ヴァリアスフローラ様」
一日が終わり、ヴァリアスフローラの傍勤めのオトとウェリは、後宮を後にする。
妃教育係の補佐的な侍従とはいえ、位が高いわけでもなければ特別な知識や技能が必要な仕事でもない―――言うなれば、いくらでも替えが効く。
とはいえ、勤める場所が場所だけに信用性が絶対必須だ。人員としてはいくらでも替わりはいれど、人材としては厳選される。
上司から信頼を得るのは必須で、二人はその事に多くの時間を費やした。
「……で、そっちの収穫は、オト?」
「なし、ガード固い。あのアムトゥラミュクムっていうのが来てから、側妃達は前よりのびのびしてて、後宮内の雰囲気は緩んでる感じに見えるけど、警備は前より厳重になってる。ウェリの方は?」
オトはカバンを肩にかけなおしながら問う。似た雰囲気を持つウェリとは姉妹ではない。だが、気はあう―――だからこそだろう、この2人で
「同じようなもの。ヴァリアスフローラもあまり動き回らないし、どこに行くにもお供は別の人間を伴ってる。……気づかれてる?」
「まさか。今までずっと大人しく仕事してきたし、別に気付かれる話は何もないでしょ。行動も完璧だし、今は我慢ってちゃんと耐えてるし」
「うん、こっちも同じ。気付かれないなら……もっと偉くなる、とか?」
「そのくらいしかないかなー、どこにでも連れ回されるくらいになったら今より色々と……結構時間かかちゃってるし、さすがにいい加減、何かキューブレン様に情報を送らないと怒られそう」
しかしウェリは、小馬鹿にしたように軽く鼻で笑った。
「キューブレン様はそういうこと気にしない。ヘンな心配で焦って失敗するより、気長にいこう」
「それはそうだけど……。そういえば
「生きてる。だけど知ってることが少なすぎて、情報源にならない。そっちは?」
「
オトはぽいっとゴミを捨てるようなジェスチャーをとる。しかしウェリは首を横に振った。
二人は王都の路地に入っていく―――綺麗ではあるが、建物の陰が重なっていて、日中でも相当暗いところに、夕刻という事も重なってさらに暗くなっていた。
「焦りは禁物。ヘンに処理するとバレるかもしれないし」
「それはそうかもしれないけど、いつまでも生かしとくのも危なくない?」
「じゃあ、
「ああ、確かにね。……でも、上ってもうずっと接触してないけど、まさか私達のこと忘れてないよね?」
「それはない。キューブレン様、私達のこと常に把握してる」
言いながら、それぞれ向かいの建物の木扉を開けた。
「じゃ、そのうちなんか言ってきたら引き取ってもらおうか」
「そうだね、それじゃあまた明日―――」
ザンッ
瞬間、ウェリの首が半分切断され、頭が何度かグラグラと左に倒れそうに揺れる。完璧に致命傷のはずなのに、頭は元の位置に戻り、切断面の上で何事もなかったかのようにその位置を戻した。
「マジか……どーやら、可愛らしいのは見た目だけみてぇだな?」
アワバは驚きつつも、浮足立たない。
油断なく構え、振るった短めのシミターを宙で一振りし、刃に付着したものを払った。
「お客様? 酷いですねいきなり」
ウェリが……いや、ウェリだったものが変貌していく。
ドロリとまるで泥のように形が崩れたかと思うと、一瞬でグチャグチャに混ざって再びウェリの形になる。
そうすることで、切れたはずの首を元に戻した―――つもりだったのだろうが、首は切れたままだった。
「?? これはおかしい……元に戻らない?」
「ウェリ―――っぐ?!」
ザスッ!!
オトが、ウェリの異変に駆け寄ろうと振り向いた瞬間、左右から短い槍が伸びて彼女を串刺しにした。
「おっと、お前の相手はこっちだ。バケモノ」
「ショックだぜぇ……こんな可愛らしいのはガワだけってかぁ?」
ハルガンとデッボア。しかし二人とも言葉ほど衝撃を受けてはいない。
メサイヤ一家は主に、魔物を狩ることで生計を立てていた賊だ。中には姿形を変えたり、幻覚をみせて人を惑わせたりしてくるモノもいる。
そうした経験からアワバ達は、オトとウェリの正体を見ても、冷静そのものだった。
「オッケー、アワバさん!
ミュクルルがそう報告してくると、アワバはニッと笑みを浮かべた。
「なら後はアッシらだけだな。覚悟してもらうぜ、ヨゥイども!」
「……」「……」
するとオトとウェリだったモノが無言になり、そして……
ズズズズズズズズ……
『どこで、バレた……』
『わからない、けど……こいつらを、殺せば同じこと。失敗じゃない……』
ドロドロに崩れて形成しなおされた新しい形は、体躯の大きさこそ変わらないものの、いかついフルアーマーの戦士のような見た目をしたモノ。
あからさまに戦意と殺気ムンムンな様相。だがやはり―――
「(神様の言った通りだぜ、
普段なら、正体不明な未知の妖異相手には逃げを根底においた慎重姿勢で対峙する。
だがアワバは、アムトゥラミュクムに一時的に少し力を宿してもらった自分のシミターを見て、自信を深めた。
どのみちその神様からは、逃がさず生かさずその場で仕留めるよう言われている。
たまには好戦的になるのもいいだろう―――アワバは、尊敬する親分の戦う姿をイメージしながら、戦闘態勢を深めた。
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