第304話 魂と肉体の属性相性




 広いとはいえ、すっかり後宮の面々が集まったアムトゥラミュクムの部屋の中、代表するようにハルマヌークが恐る恐る口を開く。


「え、ええと……その、こんな事を聞くのは失礼なのかもしれませんが……」

 ハルマヌークは、これだけはどうしても聞いておきたいと思っていた。しかしソレは、聞きようによってはアムトゥラミュクムを否定するかのようにも聞こえてしまう問いかけゆえ、切り出しにくい。


『よい、申してみよ』

 非常に嫋やかな雰囲気。その穏やかさは、無垢なる聖女の如き波動を放っているようにも思える。




 相手の雰囲気に飲まれて話をするのはあまり良いことではないが、今一歩自分から勇気が出せないので、ハルマヌークはあえて彼女の醸し出す空気に乗らせてもらい、言葉をつむぎ出す。


「その……完全に同一人物、ということは……えっと、これからはずっと、ええと、貴女様のままといいますか、ええっとその……」

 何とか少しでも無礼にならないように考えるも、言葉が浮かばない。するとアムトゥラミュクムは、愉快そうにクックックと笑った。


『そう恐れる必要はない。分かっておる……元の・・状態には戻らないのか、と聞きたいのであろう?』

「あ、は、はい……その」


『気を使う必要はない。なんじらからすれば我の方が慣れぬゆえ、困惑するであろうからな。心配はいらぬ、しばらくはこのままではあるが、そのうち我は……いや、ここでは単純に “ そのうち元に戻る ” と言うておこう。その方が面白かろうて、クックック♪』

 完全にアムトゥラミュクムのペースだ。それは相手が神である以上、仕方ないこと。

 だがいまだにどういう接し方をしてよいものやら検討もつかない側妃達は、ただただ無礼なきようにと、恐縮と緊張した様子でいるのみ。


 部屋の壁端に待機している兵士達も、とにかく失礼があってはならないようにしようと、カチコチに固まりながら静かに控えていた。




『それはそうと、ハルマヌークよ。そなたにはこれから、大事が待っておる』

「? 大事……ですか、それは」

『予言や予知、あるいは占いのような曖昧な類のものではない……言うなれば、そなたが生まれた時より持ち得ておるモノゆえの、必然が待っておる』

「???」

 いまいち要領を得ないが、神の言う事にあれこれ文句をいうわけにもいかない。ハルマヌークは困惑しながらも、聞くしかない。


『そうよのう……もう少し分かりやすく言うとするならば―――人は皆、生まれし時より、“ 魂の属性質 ” と “ 肉体の属性質 ” というものを持っておってな? その魂と肉体の属性質の組み合わせや質の高低などにより、生物的な本質・根幹部分というものに影響を及ぼす―――まぁ、性格や気質、モノの好嫌なるところなどなど、様々な人を形成する根底部分の形成に影響しておる、ということなのだが』


 壁際の兵士達は首を傾げているが、占いなどスピリチュアルな話を比較的好みやすい女性陣は、その話に飲まれるように耳を傾け始める。




『当然、その最終的なところの・・・・・・・・属性質において、他者との相性……というものもできよる。そしてハルマヌークよ、そなたはその属性質の相性においてもっとも、今代の王と相性が良い―――それは、性格的に気が合うというレベルの話ではなく、魂から肉体的な面まで全てにおいて、という意味でだ』


「わ、私が??」

 ハルマヌークが大いに戸惑う。すると側妃達がキャーキャーと騒がしくなり始め、他人の恋話を聞く時のような煌めきが眼に宿り始めた。


『そのこと、すでに汝が後宮へと入った頃より、シャルーアも知っておった。……もっとも、知識の乏しいがゆえに、根拠のない ” 曖昧な感覚 ” として何となくとして感じておっただけではあるがな』

「えーっと、それはその、とにかく相性がいいと、いう事ですよね??」


『うむ。その認識で良いが、単純に汝は、今代の王たるあのボウヤの、子を成す上において最良にして最高の相手、という事でもある。それがどれだけ重大な事であるかは、理解できよう?』

 するとアムトゥラミュクムがチラリと壁際を見た。予想通り、理解至った兵士達が慌てふためいている。


 そう、ハルマヌークは後宮の側妃達の中で、もっとも正妃……そして国母こくもとなるにふさわしい生まれの女性である、という事だ。


「で、ですが私は……ええと、卑しい商売をしてた身で―――」

『それは人間の社会的尺度に照らし合わせた話であるな。生物として、この世に汝よりあのボウヤの子を孕むにふさわしい生き物はおらん。それがどれほどの事かは、言うまでもなかろう? 運命の糸で結ばれているとは人間は上手い事を言いよるものだ。もっともこの場合では、恋愛的な意味合いとは異なっておるがな』

 アムトゥラミュクムの言葉を受けて、この手の話が好きな側妃達は一気に盛り上がりはじめた。


 ハルマヌーク自身は、元より後宮に入った身なので、まぁ別に王の子を授かる云々は構わないものの、その最適な相手とまで言われると、さすがにむずがゆいモノを感じて戸惑う。


 だが語り聞かせたアムトゥラミュクムはというと、一転して真剣な表情に変わった。



『あのボウヤは、我に子を産ませんと望んだ。それはシャルーアの血を受け継ぎし、“ 守り ” の一族を王家に取り込んでしまい、永劫の安泰を実現するという打算ゆえの愚かしい望み……しかし、それは決して叶いはせぬ。なぜならば、我の血を残すための番となれる男は、限りなく少なく、相手が誰でも良いというわけではない。ゆえにシャルーアは、どんなに男と寝たとしても子を授かれぬ……まさに男が、運命の相手でなければな。あのボウヤには務まらぬ』




 かつて、シャルーアの母は高齢のアッシアド将軍を夫に迎えた。それは偶然ではない。

 高齢のアッシアド将軍こそが “ 御守り ” の一族の先代たるシャルーアの母にとっての運命の男であったからだ。

 彼が相手でなければ、シャルーアの母は子宝を――――シャルーアをこの世に産むことはできなかった。


 シャルーアの血筋の女達は全員、そうして血を継いできた。自身が子を成せる運命の男を夫に迎え、そして子孫を残し、代々 “ 御守り ” の役目と力を損なうことなく脈々と受け継いできたのだ。




 一般の女性とは違う、特別な血筋―――それゆえにシャルーアは不特定多数……いかなる男を相手にしようとも、その胎に望んで止まない子宝を得ることは決してできない女子であった。



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