第302話 人は神を前にして信じる事ができない
当然、その日のうちに後宮のみならず、王宮内も騒然となった。
「なんだなんだ、どーなってんだ今日はぁ??」
オブイオルは、溜まっていた仕事を久々にそれなりの量をこなし、俺にしてはよくやったと満足しながら、遅すぎる昼食を求めて扉を開ける。
ところが自分の執務室から廊下に出ると、王宮内が異様にざわめいている。
少し廊下を歩けば、視界の先の方で上位のお偉いさんたちが足早に次々と駆けていくではないか。
あまりに普段はない雰囲気―――さすがの不真面目なオブイオルも、まさかと息を飲んだ。
「あ、おい! ドーズ! いいところにいたっ!! ……どうなってんだこりゃあ? 何かあったのか、隣国がついにおっぱじめやがったのか??」
ドーズは武官として、王宮内の巡回警備を担当する小隊の1つをまとめている男だ。オブイオルとは同期だが上司の覚えが悪く、いまだ出世には恵まれていない。
「いや……俺もよく分からないんだが、何でも陛下が “ 神様 ” をお連れしたなんて言ってるのを、大臣がこぼしてるのを耳にした……意味がわからんよな?」
「神様ァ? おいおい、なんだ……ついに神頼みで、祈祷でもし始めたのかよ、上の連中はよぉ???」
当然、困惑しているのはオブイオル達だけではない。その辺にいる他の官僚や兵士らも何事が起きたのかと、大いに戸惑っていた。
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「皆、頭をあげよ。アムトゥラミュクム様に決して失礼なきようにな……」
ファルメジア王がそう述べると、集められた大臣級の面々はゆっくりと平伏の態勢を解く。
あがった視線が捉えるは、その褐色肌の全身に色の白い紋様を走らせた少女。
長く伸びた赤い髪―――煌々とした輝きをまとい、まるで炉の中の石炭が高温で輝くかのよう。
背丈のほどはさほどではなく、10代の少女とハッキリわかる顔立ちながら、そのスタイルはつい生唾を飲み込みたくなるほど優れている。
髪色とはまた違う赤さ―――紅に染まった瞳は、大臣達と視線が合った瞬間、一層強く輝き、紅から赤、赤から橙と、発光の度合いに応じて変化していき、まるで太陽の光を見る者に思わせた。
場所は後宮の入り口から入ってすぐの玄関ロビーだった場所。急遽整えられた場に集められた大臣達は、目の前の異様なる少女の事も気になりはするが、初めて足を踏み入れた王の園の方が気になるとばかりに、何人かはあちこち見回していた。
「……し、失礼ながら陛下。これは一体どういった仕儀にござりましょうか??」
大臣の一人が耐えかねたように切り出す。
確かに異様ではあるが、目の前に立っているは取るに足らない少女。いくら垂涎の美貌を持っているとは言っても、事情の知らぬ彼らには茶番のようにしか思えないのだ。
仕込みをすれば、目を光らせたりすることくらい出来る―――そう、集まった大臣達はその大半が、ファルメジア王の
「控えよ、コルオースク。……神の御前ぞ」
ファルメジア王の一言で、大臣達が一気にざわめいた。
神? 何の冗談だ? 陛下はついに頭がおかしくなったのか?
そんな考えが透けて見えるかのように、大臣達の表情が王を侮るものへと変わっていく。
その様子を見て、声を発したのは他でもない、その神自身だった。
『フフ……無理もなかろうて。我と、我の事情を知るは限られておる。砂粒が如き者どもに、いきなり理解求むるはむしろ酷というものぞ、王のボウヤよ?』
「ハッ、申し訳ござりませぬ。我が配下の不徳、彼らに代わりましてお詫び申し上げまする」
先ほどまでとは異なるザワめきが、大臣達を支配する。
「……砂粒とは、随分と我々を下に見ておられるようですな、神とやらよ?」
「!? お、おい……よせよペルヌロス。そんな子供相手に目くじらを……一応は陛下の御前なんだぞ??」
言い様にカチンと来た大臣の一人が、同僚の宥めにも応じず、なお続ける。
「陛下、無礼を承知で申し上げる。こんな茶番がためにこの忙しい時分に我らを集め、ふざけた物言いをされて我慢していられるほど、我々はお人好しではありませんぞっ」
すると彼に同意すると言わんばかりに何人かがそーだそーだと声を上げた。
『……忙しい時分、な? ペルヌロス……貴様はつい先ほどまで女を抱いておったのを、召集により中断させられた事、よほど腹を立てておるのか?』
「な―――――ッ?」
その瞬間、さらにザワめきの種類が変わった。視線がペルヌロスに集まる。
だがアムトゥラミュクムは容赦なく続けた。
『そこのポリマスとやらも、商人より賄賂を受け取り、ご満悦のひと時であったようだが、呼び立て気分の良い時間を邪魔して悪かったのう』
「ふへっ!!?」
『そちらはトリオルテと申したか……趣味は人それぞれとは思うてやりたいが、王宮内にて仕事熱心な
「あ……ぅ……、な、な……っ??」
一人一人、ここに召集される直前の行動を、まるで見ていたかの如く言い当てていくアムトゥラミュクム。
全員が、忙しくもなんともない時間を過ごしていたことが暴露され、大臣達は恥をかかされるとともに、後ろに居並ぶ王の側妃や兵士達の痛い視線を前に、押し黙るより他なかった。
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