第292話 リュッグの反撃




「……。ふ~ぅ……」

 リュッグは深く息をついた。その身は相変わらず拘束されたままで、不便はないといってもかれこれ1ヵ月前後は経過する。


 さすがに動きたいし、何より身体がなまるのは傭兵としては深刻なマイナスだ。




「ふひゃっ!? あ、あの……わ、私が何か粗相を??」

「ああ、いや、ただ呼吸を整えただけだよ。セイさんは何も悪くない、気にしないでくれ」

 だいぶ慣れたとはいえ、セイニアはやはりこういう性分なのだろう。些細なことでもすぐに怯えながら恐縮する。


「(まぁ、ヴァリアスフローラの企みの片棒を担がされて、しかもこんなオッサンの監禁に付き合わされているんだ、緊張は無理もない)」

 この事実が漏れたら、主人のヴァリアスフローラの大事になる。なので当然、彼女もリュッグの監禁については絶対の秘密を強いられているはずだ。


 なので逆転の発想。どうせ全裸ですべてを見られているのだから、リュッグはかなり前から彼女がいても、息子の生理現象をこらえることをしなくなった。

 どうせこの状況はしばらく変わらない。なら状況に慣れてもらう方がいい。


 事実、最近はセイニアがお世話にやってきてる時にリュッグのリュッグが元気であっても、その事については慣れたようで、最初の頃みたく怯えや緊張の様子を見せることはなくなった。




「……どうですか、様子の方は?」

「! ヴァリアスフローラ様。は、はい、かわりありませんっ」

「(お? 今日は随分と早いお出ましだな……)」

 ここがどこなのかは相変わらず不明だが、少なくとも簡単には他者にバレない場所である事は間違いない。


 どんなに音を拾おうとしても、町の雑踏や喧騒は聞こえてこない。いくら壁が厚いとはいっても、そうした音や気配を完璧に遮断するのは相当で、城や牢獄以上のものになる。

 そんな建物が町中にあるのは不自然で、出入りするだけでも不審に見られるだろう。


 それでいて、後宮の王妃教育係をしているヴァリアスフローラが毎日通える場所。


 そこから導き出される答えに、リュッグは既に検討がついていた。


「(どこかの地下設備……なんだろうが)」

 それだけで脱出を考えることはできない。地下を脱した地上が、一体どうなっているのか不明だからだ。

 すぐさまただっ広い砂漠のど真ん中にでも出られるというのであれば、むしろ逃げると言う意味では願ったりかなったりだが、逆に町中や厳重な建物内とかだと簡単にはいかない。




「リュッグさん、今日は良いお知らせを持ってまいりました」

 そう口にするヴァリアスフローラ。パサリと布が擦れたり床に落ちたりする音がする。

 そしてリュッグの股間部に、もうすっかり慣れた、いつもの感覚が訪れ、適度な重さがのしかかってくる。


「んー、ようやく解放でもしてくれるとでも?」

 どうやら今日は、まだセイニアがそこにいるらしい。小さくあわわと言った戸惑いの声が聞こえる。


 他人の情事を見せられている侍従の図が容易に想像できて、リュッグは僅かに苦笑した。


「ええ……あなっ、た、の……種が、っ芽吹き、ました、からっ……この、胎の中に……ぃっ」

 しかしリュッグは驚かない。むしろ棒読みのような口調で “ ほー ” と他人事な感嘆を返しただけだった。


「っ! なぜ、何故なのです……どう、してっ、ハァハァ……そんなにも、余裕っのっ、態度でっ、いられ、る……の、ですかっ!!」

 いつも涼し気なヴァリアスフローラの声に、本気の感情が宿る。

 心なしか叩きつけて来る下半身も今までより激しい。ぶつけてくる、という言葉がしっくりくるほど強烈だ。


「あの、娘もっ、まるでっ、平然と……してっ、陛下を、側妃の立場をっ、受け、入れっ、て……っ、なぜ、そんなっ、焦りも、不安もなくっ、堂々とっ!」

「ああ、シャルーアのことか。そりゃあそうだろうな、あのは元々からして子宝願望の強いむすめだ、しかも相手を選ばない……たとえ牢獄の囚人だろうと、そこらを歩く通行人だろうと、果ては王様が相手だろうとも、望まれれば足を開くのに躊躇いがないし、種をくれるというのであれば喜んで受け入れるだろうな―――シャルーアは、そういう少女なんだよ」

 その辺りは後宮の教育係をしている彼女だ、ヴァリアスフローラも薄々気付いていたのだろう。リュッグの言にさほどの驚きはない。



「それに、だ……」


 ギギギ……バキンッ、バキンッ!!


「!? 鎖が―――はっ!?」

 リュッグが両手足の鎖を引き千切り、上に乗っていたヴァリアスフローラを、反転するように一瞬でベッドに抑えつける態勢を取った。


「ヴァリアスフローラ様!?」

「動くな、セイさん。……下手をすると主の首がへし折れる、大人しくしていろ」

「ひぐっ!? は、はひ……っ」

 合体したままで見事な配置の反転。形成も完全に逆転した。


「どうして……鎖を引き千切れるほどの力があって、なぜ今まで―――」

「いいや、最初から引き千切れたわけじゃない。” 金属疲労 ” って知っているか? 長時間、外部から振動やら圧やらと力がかかり続ける事で金属が破壊される……やる事もヤる事以外、何もなかったからな。退屈しのぎの一環に手足に力を入れて鎖相手に遊び・・をする時間はたっぷりあったよ」

 するとヴァリアスフローラは、一瞬だけ軽く驚きの表情を浮かべると、すぐに諦めたように両目を伏せた。


「……それで、いかが致すおつもりですか? ……形成逆転、私を盾に、ここから逃げ出します? それとも腹いせに私の命を―――」

「いいや? そんな物騒な事をするつもりはないが?」

「なら一体ど―――ぅんっ!?」




 ドゴンッ―――ヴァリアスフローラの腹を、何かが強烈に叩き上げた。


「今までのお返しってわけじゃあないが、せっかくだ。本気で・・・相手をしてやろう。その俺の子を身籠ったっていう身勝手な身体に、な」

「なっ? ちょ、あ……あああぁあーーーーッ!?」


 リュッグの反撃にヴァリアスフローラは成す術もなく、またセイニアもそれを止めることもせずに、ただただリュッグの雄の苛烈さから目を離せないままに立ち尽くすだけだった。



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