第293話 難解なる性差の疎通
ハーレムと聞くと、世の男はおそらく誰もが一度くらいは夢みた、都合の良い制度だと思う者は多いだろう。
しかし、その都合の良い夢を現実に持ってしても、ただ一人の男の心を癒し慰めきるのは容易ではない。
人の心とは、それほどに深く重く、そして複雑で……苦しみ抱えているモノなのだ。
「………………」
ある側妃の部屋、ベッドの上で仰向けになったままじっと天井を見つめるファルメジア王は、いつまでも無言であった。
今宵の相手を務めた側妃は、当然不安になる―――己に何か、粗相や不足があったのではないか……と。
「あの……陛下。その……よ、よろしくなかったのでしょうか??」
「ん、いや……そなたはよく励んでくれた、閨に何も問題はない。少し
「は、はい……」
ここで頭の足りない女性ならばせいぜい “ お仕事のことで気になる問題でもあるんだろうか? ” くらいにしか思わず、深く考えることはないだろう。
だがここは王宮の、王の園たる
後宮における側妃とは、王の子を成すために励むはもちろんのこと、王の園としての後宮の一部として、王の御心と御体を癒すこともまた、その使命といえる存在だ。
そこまで考え至る者にとっては、ファルメジア王が後宮におわす時に、その浮世の悩みを一時、忘れさせ、その精神に安寧をもたらさねばならないと理解している。
なのでこの側妃は内心で落ち込んだ―――王が考え事をなされているということは日頃の悩みを忘れ、閨に心身を預けきれなかった、という事なのだから。
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「うわーん! 私、頑張ったのにぃっ」
シャルーアとハルマヌークのティータイムは、このところすっかり側妃たちの相談会の様相を帯びてきて、今日も昨晩に “ お通い ” のあった側妃がやってきた。
「最近多いよね、陛下が “ 考え事 ” してる時」
ハルマヌークはお茶菓子を口に放り込みながら、ここ数日で相談にきた側妃達が皆、似たような感じだったのを思い出す。
一人あたりは数少ない “ お通い ” ゆえに、気合いを入れて望む娘は多い。ゆえに自分の閨での奉仕がどうであったか、その評価のほどは誰もが大いに気するところなのだが……
「陛下は今、何か大きな問題をお抱えになられているのかもしれませんね」
シャルーアの言うことは
どうしても男性という生き物は、“ 問題 ” にぶつかった時、その解決法や答えを模索する事を第一に考えてしまう。
なので異性と床を共にしたとて、なかなか “ それはひとまず置いといて ” とはならない。それは相手の女性からすれば “ 今は自分だけを見て ” と不満を感じる事だろう。
それはどうしようもない男女の、思考のプロセスや優先順位の違いゆえだ。
ましてや、相手は一国を背負うこの国唯一無二たる王様である。その頭と精神を悩ませる重い問題は、一般人の比ではない。
しかもファルメジア王は、よくできた王様だ。王としての責任感や義務を強く持たれている。
……それゆえに、真面目であるがゆえにより、そんな男の仕事から離れられない思考の性質が強く表れてしまうタイプでもあった。
「こればっかりはねー……。下手に話合わせるのも、ちゃんとした知識がないと不快にさせるだけだし」
男は狭く深く、女は浅く広く。
同性との会話内容が短時間でコロコロとかわる女性達は、他者との場では1つ1つの事を深めることは少ない。場にいる全員が共通する話題でなければ、世の流行りや昨今あった出来事なんかを次々と語り合う。
一方で男性達は逆に、他者との場でも1つ1つの会話内容をそれなりに深める傾向にあり、話題が女性達ほど様変わりしにくい。
仕事のことであったり、誰か抱える難問を一緒に考えてみたりといった事を、結構深く掘り下げたりする。
どちらが良いとも言えないが、コミュニケーションの根本にかなりの違いがあるがゆえに、安易な合わせ方をするのは相手側を不快にする原因となってしまう。
「そうですね、特に陛下とのお話となりますと、どういたしましても政治の難しいところが絡んで参りますから」
側妃は
時折入って来る刊行誌などが唯一の世間の情報だ。あとは新しい側妃が来た時などだろうか。
なので、貴族の淑女として最初から後宮入りを念頭に教育されてきた側妃などでもなければ、陛下と一歩踏み込んだ会話をする事はできない。
そんな側妃でさえも、日々状況が変化する政治情勢は分からないわけだから、下手な事は言えないし、分かったような事を言ってしまってはならないと気を使う。
後宮の側妃にとって陛下との
「そういうシャルーアちゃんはどうなの? その辺、上手くやれてる??」
ハルマヌークの問いかけに、同席していた他の側妃達も興味津々な視線をシャルーアに向ける。
現在、後宮の側妃の中でも陛下の御気に入りと評判のシャルーアだ。しかも、紆余曲折あったとはいえ、その出自はいいところのお嬢様……教養のほども側妃達の中では上位に入り、陛下の会話にある程度は付き合えるだけのモノを持っている。
当然、側妃達の関心は、陛下と閨で一体どんな会話をすればいいのか? だ。
しかし彼女らに申し訳ないと言わんばかりに、シャルーアは頭を下げた。
「皆さんのご期待には
もちろんそれは、シャルーアがそうなるように考えて
シャルーアは直感的に感じていた。今は、多く話をするべきではない……なのでファルメジア王との閨では早々に致し、そして癒し眠らせるよう、意識的な閨を自然と心掛けていた。
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