第289話 欲深き上、気苦労の下
王の
「何とかして我が娘をねじ込み……」
「一度庶民に落とし、関係を切ってから我が家とは無関係を装わせ……」
「若い男を送り、陛下の “ お通い ” のあった翌日くらいに、強引に仕込ませ……」
前々から、
「……ったく、仕事部屋に缶詰がやっと終わったと思って出てきたら、どいつもこいつも」
オブイオルは、少量の報告用の書類を抱えながら移動する間、王宮のあちこちで悪だくみをぶつくさ呟いている大臣達の姿を見て、呆れ果てるとばかりに肩をすくめた。
「はは、まぁ彼らのアレは日常茶飯事だよね、もはや。企んでますよって隠そうともしないから」
隣を歩くのは文官僚のサルク。
不真面目な怠慢タイプのオブイオルとは真逆のタイプ―――真面目で人当たりが良く気さくな性格で、
「そんなんでいいのかぁ? ゆるゆるのガバガバでしょっ引き放題じゃねーの」
「まぁ実際に行動を起こさない内は……ね。言い換えれば、企みを実行に移したら容赦しないって感じだと思うよ、上の方は」
実際問題、簡単にしょっ引いていたら国を回す人材が足りなくなる。
その事はオブイオル自身が身をもって体験しているだけに、嫌でも理解せざるを得ない。
「ホント、なーんでお偉いさんになると、どいつもこいつも欲深いこと考えちまうんだかねー。もう十分地位も名誉も権力も手に入れたって満足しときゃあいいのによ」
「ハハハ……ま、まぁそこは人によりけりとしか言えないかな、そうじゃない人だって多分いるんじゃないかな」
「いやいやいや、むしろいたら見てみたいわ。サルクだって王宮内を行き来してんだから分かってんだろ? 大臣連中の欲深そうな様子をよー」
サルクは苦笑いするだけで返す言葉もない。
本当に王宮というところは、あまりにも欲望渦巻きすぎていて、辟易とするくらいなのだ。
一応、勤めている者は全員、真面目に働いてはいる―――しかしそれは、己の保守保身の一環に過ぎない。何せ国が傾けばその欲望を満たす場がなくなるも同じなのだから。
「まぁ僕も現状に、危ういって思いはするけどね。せめて陛下に待望の御子が出来れば、また違ってくると思うんだけど……」
今代のファルメジア王は、なかなか子宝に恵まれない。
歴代にしても、子沢山だったことがほとんどない事から、元より子供ができにくい血筋の可能性もあるので、今代の王だけがどうという話ではないのだが。
しかしながら、やはり後継の王子がいないという事が、大臣達が悪欲を抱く遠因の一つになっているのは事実といえた。
「そればっかりは授かりもんってな。いくら陛下でもヤる事ヤり続けるしかヤれる事はないだろうよ」
「ヤるヤるって……もうちょっと言葉を選んだ方がいいよ、オブイオル? 一応ここは王宮内なんだからさ……」
憚らない奔放な友人に困ったもんだと言わんばかりに頭を抱えるサルク。その当の本人は、大笑いしながら堂々として悪びれない。
「事実だろー? ヤる事ヤらなきゃ子供は出来ないんだぜ、恥ずかしいとか言っててどーするってなもんだ。むしろそーゆー事にゃ積極的に興味もたねーとな、サルクの家だって、サルク以外に家継げる奴はいねーんだろ? 俺らまだ若手っつってもボーっとしてっと、陛下みたくしんどい思いする事になっちまうぜ?」
「それはまぁ、そうなのかもしれないけどさ……」
サルクは恥ずかしそうに頬を染めるが、一方で友人の言う言葉は真理だ。それは個々の御家問題にとどまらない話でもある。
子を成す。そのために男女ペアになり、成すべく励む……
それらは生物として重要不可欠な要素。そこに恥や倫理観といったものがブレーキをかけ過ぎたらどうなるか?
「(実際、この王都は人が集中してるから増えてるように錯覚しがちだけれど……)」
サルクは歩きながら、自分が持っている書類の1つを改めて見る。それは、昨今のファルマズィ=ヴァ=ハール王国の
「(減少傾向……それも急速に。前々から魔物の被害なんかで命を落とす国民は、一定数いたけど、最近は魔物が活発で数も増え、死亡被害も去年比の120倍以上……)」
出生率に対して、死亡率が上回っているのだ。
しかも近年は昔と比べ、若者の異性に対する積極性が、男女とも低下しているというデータまである。
それらの結果なのか、ここ数か月は連続で王国の総人口が減少していってしまっている事が、如実に数字として表れているのだ。
「しかも加えて、魔物の活性化で経済も低迷……夫婦でさえ、ガキを作るのを躊躇う懐事情ってか?」
オブイオルがサルクの資料を覗き見ながら、的確に結論を述べた。
「ええ……、国としてはまだ焦るほどの減少とは言えませんが……もし、今の状況がまだまだ長引くのだとしたら、今のうちから手を打たなければならないっていう危機感は、一部の部署では高まっていますね」
「だろーなぁ。産めよ増やせよっつっても、ガキは生まれてすぐデカくなるわけじゃねぇ。ボロボロになってから慌てたところで手遅れ、なんてつまらねぇ事になりかねないよな」
まさにだ。頭の悪い人間は、問題が起こった時に対処すればいいと考えがちだが、実際は起こった時に対処していたら間に合わない事が大半である。
たとえば今起こっている、国内における魔物の活発な活動状況にしてもそうだ。もしもっと平時から、これらに対抗する戦力を養っていたなら、早期に抑える事もできただろう。
しかしファルマズィ=ヴァ=ハール王国が日頃より抱えていた軍事力は、最低限周辺諸国との国境付近を念のため警戒する方面軍以外、雀の涙と言っていいほど少なかった。
平和ボケのツケ―――危機が起こってから準備をしても、兵士1人が1人前になるには、最低でも1年は訓練がいる。その間に既存の軍は損耗し、そこに新兵が補填されるという後手後手のジリ貧状況……辿り着くのは極めて高い確率での国家衰退と滅亡という最悪の結末だ。
「僕も上に、なるべく早く手を考えるべきと提言するつもりです」
「ま、それぐらいしか俺らにゃできんわな。……お、そうそう、それはそうとよサルク、実は俺、先日すげーいいモン見たんだ、後でお前にも聞かせてやるよ」
「なんですかそれ。……さてはオブイオル、仕事サボってるでしょう?」
「人聞きの悪い、有意義な休憩を取って効率よく仕事を進めているだけだ」
シリアスな話ばかりじゃやってられないとばかりに話題をくだけさせるオブイオルに、サルクは苦笑しながらも合わせつつ、王宮内を移動していった。
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