第267話 成長した子らは今日も変わりなし




 王都ア・ルシャラヴェーラから直線距離でおよそ200kmの彼方―――



「……。……?」

 何もない砂漠のど真ん中。不意に歩む足を止めた兄に、アンシージャムンは首をかしげた。


「どしたの、ザーイムン?」

「何か……こう……、空気がピリピリしないか、アンシージャムン?」

 言われて妹は周囲を見回した。




 兄弟姉妹の中でも一番の狩人であるアンシージャムンは、生き物の殺気の類なら即座に感じ取れる。だが兄の言うような感覚は彼女にはなかった。


「……ん-、何も感じないけど。ザーイムンの気のせいじゃない?」

 軽い態度だが、別に兄の言葉を疑うわけでもなければ真剣に周辺の気配を伺っていないわけでもない。

 むしろ真面目に気配を探ったからこそだ。そして何も感じなかった、この近くに生物の気配はない。

 それは間違いないと、アンシージャムンは自信を持って言える。


「そう、か……。アンシージャムンがそう言うなら、俺の気のせいなんだろうな」

「狩りの帰りで気が立ってたんじゃない? 張りつめてると、それこそいきなりの事に対応できなくなるよ、ザーイムン。リラックスリラックス~」

「そうだな、すまん」



  ・


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 何もない砂漠のど真ん中、砂の丘のくぼみの中にポツンとあるオアシス。

 そこにはタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の5人の子供達が暮らしていた。


「俺は建て終わったぞ、見張り台……7階建て達成」

「やる、ルッターハズィ。おみごと、立派」

「ムシュラフュンこそ、手伝い感謝」

 三男のルッターハズィがより遠くまで見渡せる高い見張り台を組み上げ、次男のムシュラフュンは拍手でその功績をたたえる。


「ルッターハズィ、おめでとうございます。ムシュラフュンもお疲れさまでした。はい、お飲み物ですよー」

「おお、ありがとうエルアトゥフ」

「もらう、丁度ノド、かわいたところ」

 次女のエルアトゥフから飲み物を受け取りつつ、労働の汗を拭う二人。


 かつて人間に似て非なる魔物であったタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人、その5人の子供達は、シャルーアと別れてからも、日に日に人間に近づいていった。



「戻ったぞー、今日の獲物は大漁だ」

「たっだいまー。ふーい、ちょっと狩りすぎちゃってさすがに運ぶの大変だったー」


 今ではその姿形は完全に人であり、全身が灰色である事くらいしかもはや違いはないほど、その容貌は進化していた。






―――長男、ザーイムン。

 身長は128cm → 175cm

 体重99kg

 全体的なバランスに優れ、5人のまとめ役としてそのリーダーの素質に磨きがかかっている。

 何かをするとなると率先して取り組み、弟妹たちの安全を優先しつつも、

 自分達がより成長して、いつかママ(シャルーア)と再会した時、

 喜んでもらいたいと頑張っている。


―――次男、ムシュラフュン。

 身長120cm → 190cm

 体重165kg

 たどたどしい喋り口調は相変わらずだが、それでも以前より流暢になった。

 近辺で取れる食材の調理を完璧にマスターした5人の中でも屈指の料理上手。

 その意欲は留まる事を知らず、近頃は未知の食材を欲する気持ちが強い。

 もっともジャッカルに似た顔立ちをしている。

 

―――長女、アンシージャムン。

 身長98cm → 122cm

 B73(E+) W40(UB52) H75

 5人の中でもっとも人間くささを身に着けている。

 狩人として一流の実力を養うとともに、

 鋭く気配を察知する力は従来のタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人以上。

 兄弟姉妹の中で、最も背が成長してない事を少し気にしている。


―――三男、ルッタハーズィ。

 身長135cm → 205cm

 体重200kg

 独学で建築技術を磨き、オアシスにおける居住設備の建設・改築・修繕を担う。

 その一番の体躯の大きさ通り、5人の中でもっとも力持ち。

 敬愛するシャルーアの神像を作りたいと常々考えているが、

 今の自分ではまだまだ技術力不足と、日々精進に余念がない。


―――次女、エルアトゥフ。

 身長105cm → 137cm

 B83(F+) W46(UB58) H85

 心優しく、非常に女性的で上4人のサポート役に回る事が多い。

 最近では詩を作り始めるなど5人の中ではもっとも文化的。

 一方で、兄弟に出来ることは全てそれなりに出来るなど、

 幅広い技術・知識・能力を持ち得ている。

 もっともシャルーアに姿や顔立ちが似ている。




 ……そんな仲のいいタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の兄弟姉妹たちは、この世の中から隔絶されているかのような場所で、特に問題もなく日々過ごしていた。


 しかし彼らにも、怪し気な気配は近づいていた。



  ・


  ・


  ・



 真夜中、オアシスから少し離れた砂漠の中。


「ふー、何コイツ。威勢良かった割には大した事ないじゃん」

『が……が、……な、なに……ィ? お、レは……さい、きょうノ、チカラをテに……いレタ……ん、ダぞ……??』

 アンシージャムンは、両肩をすくめながら足元に転がったソレを見下す。その姿は全裸―――ソレの体液と返り血で灰色の肌が汚れている以外、彼女は平然としていた。


「こんなガキにオレ様がー、って? ……ん-、匂いからして元人間っぽいけど、なんでそんな姿・・・・になってるの? 人間って魔物になれるんだっけ??」

 夜中に目が覚め、トイレがてら散歩に出たところで遭遇したヘンな相手。


 アンシージャムンは最初、相手の出方を伺った。ソレは彼女のことを人間の女のガキだと思ったらしく、その態度は完全に油断したもので、ガキでも久々の女だとか言いながら欲望をぶつけてきた。


 だが、姿形は人間に極めて近づいているとはいえ、アンシージャムンは正真正銘の妖異たるタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人である。

 最近ぽっと出で魔物化した元人間など、あくびが出る相手……適当に相手して飽きたところでボコボコに返り討ちにした。


「よいしょ、よいしょ……ただいま、アンシージャムン。どうしよう、この人達?」

『ナ!? ……ナ、ん…ダと……??』

 しおらしく大人しそうに見えた少女に襲い掛かっていった仲間が、ズルズルと引きずられてくる。その様子は気絶とかではなく、どう見ても完全に殺されていた。


「あ、エルアトゥフおつかれー。どーだったそっちのヤツは?」

「乱暴的なばかりで全然よくなっかったから……つい殺しちゃって。アンシージャムンの方は?」

「うん、こっちも似たようなもん。今ちょうど殺っちゃおうかと思ってたとこ」

 男は信じられなかった。

 元はあの大監獄に収監されるほどの極悪非道の大罪人。それが魔物化という強力な力を得て、間違いなくこの世に敵なしの存在となった。


 なのにこんな女のガキ2人に容易く殺される?

 こんな現実、認められるわけがない―――だが、少女達は無慈悲だった。



「ママーの教えもあるしー、食べるにはちょっとねー……マズそうだし、種馬にもなりそうにないし」

「じゃあ死体は放置して、獣を引き寄せる撒き餌にするんだね」



 ドシュッ! ズババッ!!


 トドメ、そして細切れ。

 それを素手で行い、その両手に一切の肉片も血も付着しない。

 本物の圧倒的な強さだけが、死にゆく瞳に刻まれる。



 彼らに最後の断罪の刃を落とすは世の司法ではなく、進化した強力なる怪人の女の子達だった。



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