第245話 再会する主従
メサイヤが、訪問者の姿を見て衝撃を受けることは確実―――シャルーアは確信していた。
「……お、じょう……さま……?」
あり得ない光景を目にして、全身で驚きを露わにしているメサイヤの姿は、彼を強者と慕う手下の、屈強な子分たちにとっても驚愕ものだった。
リュッグはリュッグで、場合によっては戦闘になるかもと張っていた緊張が乱れた。これほどの規模の集団を取りまとめる男が、シャルーアを見て至極驚いていることが信じられない。
かつては同じ穴のムジナであり、案内役を求められたジャーラバとヤンゼビックも、彼らが知るメサイヤという男とは思えないほどの様子に困惑していた。
「……やはり、貴方だったんですね、メサイヤ。
「!」
その一言を聞いて、メサイヤは確信する。やはり、かつて自分が解雇されたのは
「(……ヤーロッソ、どこまでも許しがたし!)」
元より抱いていた激しい怒りが、より一層燃え上がり、メサイヤの中で盛る。
だがそれは二の次だ。彼には今、聞かなければならない事があった。
「……なぜ、
スルナ・フィ・アイアの名家の御令嬢、それがシャルーアだ。
ファーベイナからスルナ・フィ・アイアまでは軽く500km以上離れている。
メサイヤは身構える。彼にとって最悪なのは、ヤーロッソが自分の事を知り、シャルーアをけしかけて懐柔なりしようと仕向けて来たパターンだ。
ヤーロッソを全ての元凶と見据え、これを殺害する事に全力を傾けて来た彼にとって、その企みが露見し、先手を打ってこられたというのはかなり痛い話である。
だが、メサイヤは知らなかった。シャルーアの今を、生家を追い出されて全てを失い、傭兵の助手まがいな事をして生きているという事を。
・
・
・
十数分後。
シャルーアのこれまでを聞いたメサイヤの表情は、憤怒の極限に達していた。その怒りの矛先は当然、彼女を弄んだ末に捨てるという愚物、ヤーロッソに向けられている。
だが、あまりの怒りの激しさゆえに醸し出されているオーラで、手近にいた手下が
「……。メサイヤも、苦労を重ねたんですね、ごめんなさい……まさか、辞めさせられていたと知らずに……」
シャルーアの記憶にあるメサイヤは、今のような筋骨隆々な男ではなかった。もちろん、シャルーアの両親に雇われ、家を守るを任されていた以上は、相応にその肉体は鍛えられてはいたが、それでも同僚達の中では頭脳派で知られていたタイプ。
それが、野性味あふれる筋肉の肥大化したその身体は、大柄なリュッグすらボールを投げるように軽く放り投げられそうなほどのパワーを感じさせるものへと変貌してしまっている。
顔立ちも、優しさや穏やかさというものが削がれて苛烈でギラついた気迫で満たされたものに変わり果て、露出させている肌の表は傷痕だらけ。
メサイヤが解雇されたタイミングからして、まだ2年強だ。ここまでの変貌を自然に遂げるには短すぎる。
解雇後、どれだけ壮絶な時間を過ごしたことか―――トレーニングをするようになって、肉体を鍛える事の大変さを理解しはじめたシャルーアは、メサイヤの身体の変貌ぶりから、その事を理解していた。
「俺なんぞにもったいない。お嬢様こそ、あのような腐った男がために不幸な目に遭われたこと、それを防げなかった我が身の不甲斐なさを恥じ入るばかりです……」
解雇されたとしても、もしそのままスルナ・フィ・アイアにとどまっていたなら、シャルーアの不幸を防げたかもしれない。あの最低な男からお守りできたかもしれない。
そんな悔恨が、メサイヤの中を駆けまわる。
所詮、ヤーロッソに対する怒りは私怨だった。
雇われ者は所詮、雇い主の心一つで解雇されるもの。いちいち憤慨する方がおかしい。
ゆえに、ヤーロッソを亡き者にせんと考えてのメサイヤのこれまでの行動は、やさぐれた若者が路地裏に屯し、世の中に対してワガママをのたまうような滑稽なものだったと言える。
しかし、シャルーアのこれまでの身の上を聞いたことで、ヤーロッソを敵視することは間違っていなかった事が証明されたも同然。
メサイヤが抱く怒りにまとわりついていた感情のモヤモヤが綺麗に取り払われる。
純粋になった怒りの炎は、悪を焼くに何のためらいも後ろめたい感情もなくなる。ヤーロッソを
「……メサイヤ、彼に乱暴はしないでください」
その一言で、彼の心はブスブスとくすぶる事となった。
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