第246話 苦悩する親分、暴走する子分




――――――メサイヤの穴。岩の廊下。


「…………」

 黙したまま、ツカツカと歩くメサイヤの顔は、何とも言い難い複雑な表情をしていた。


「め、メサイヤ親分……」

 すぐ横を歩くアワバは、メサイヤの苦悩する様がヒシヒシと伝わってきて、何とも言えない気分を覚える。

 アワバは、言ってしまえばド下っ端だ。その半生は恵まれたものではなく、メサイヤに拾われるまでは、まさしく屈辱と苦しみに塗れた日々を送っていた者だ。


 同じような人種が集まりやすい路地裏や裏社会に堕ちてすら底辺をあえぐ者。


 ゆえに自分を拾い、取り立ててくれたメサイヤには感謝と尊敬の念を抱いていた。



「しばらく一人にさせろ」

 そう言って、メサイヤは寝室へと入る―――こんな事は初めてだった。この “ メサイヤの穴 ” においては、これまで自分の寝室を使わず、あの岩の玉座に座って腕を組んだまま眠るのが常だった親分が、玉座に戻らなかった。


 それはアワバにとって、衝撃的なことだった。







「! アワバさん、親分は??」

 メサイヤ一家の一員となってからというもの、親分の側近を務めるだけあって、アワバは他の仲間達からも信頼を受ける立場となった。

 メサイヤ一家自体、ゴロツキの集まりではあるが、それでもアワバを筆頭に、この集団に身を置く者全員が、それまでの人生とは一転して良くなっている。


 なので世間的にはよろしからぬ評判だが、内々の絆はゴロツキながらなかなかに堅くあった。


「……。寝室に入られた、しばらく一人にしてくれとのことだ」

「!!」「親分が?!」「寝室に……」

 辺りが一気にざわつく。彼らもメサイヤが寝室を使用しない事を知っている。

 来客、そして話をした後から親分の様子がおかしい事を、彼らも心配していたのだ。


「静かにしてくれ。おめえらの心配はよくわかる……だが、今は親分にもゆっくり休む時間が必要なんだ。大丈夫、あの親分だぜ?」

「あ、ああ! そうだぜ!」「なんたってあのメサイヤ親分だもんな!」

「へっ、何を話したんだかはしんねーが、俺らの親分は最強だぜ!!」


 とりあえず仲間達の意気は改善した。だがアワバはある懸念を感じていた。


 話の場にて側近として控えていたアワバは、訪れた客が何者か、親分との関係や会話の内容を全て耳にしている。


 そこから導き出される懸念はいくつもあった。


 1つ、親分がこのメサイヤ一家を解散し、あの女についていくなんて言い出しかねないこと。

 1つ、目標としていた事にNOを突きつけられた親分が、ダメになっていってしまうかもしれないこと。

 1つ、あの女に負い目を感じて、親分が自分自身を見失うこと。



「(……メサイヤ親分)」

 アワバにとって、メサイヤとは憧れだ。どちらかといえばチビで小太り、どうお世辞を紡いでみてもカッコイイ要素はどこにもない。


 下っ端でコキ使われるのがせいぜいなキャラクターだ。


 そんなアワバと違い、そこにいるだけでギラついた覇気と存在感、そして生物としてのおすの力強さを放つメサイヤとは、自分が決してなる事の出来ない、理想の存在。


 ゆえにアワバは今とても幸せだ。普通ならば届かない理想の側近として、お役に立てるのだから。

 ゆえにアワバは思う。そんな自分の憧れの存在に陰りがあってはならないと。



「……あの女だ……」

「? なんすかアワバさん。何か言いやしたか???」

「ああ、いや、何でもねぇ。それより親分がお休みだ、くれぐれも騒ぎすぎるなって方々の野郎どもに伝えといてくれや」

「わかりやした、任せてくだせぇ」


 その日の夕暮れ、アワバは一人でコッソリと " メサイヤの穴 " を出た。



  ・


  ・


  ・


 ザクッ。ガッガッ……


「うん、この辺りの地面は中々しっかりしているな。……よし、ここらに野営を張るぞ、シャルーア」

「かしこまりました、リュッグ様。テントは2つでよろしいでしょうか?」

「……いや、3つだな。さすがに6人を3:3では手狭だ、1:2:3で分ける、シャルーアは1だ」

 さすがに男5人に女1人のパーティでは、野郎は3人詰めで良くても、シャルーアにはテント丸々一つを割くべきだろうと、リュッグは考えた。


「そうなのですか? 私は3でも構わないのですが……」

 そう言ってチラリとシャルーアが見たのはジャーラバとヤンゼビックだ。リュッグは知らないが、シャルーアがメサイヤの穴への道を知っていそうな人として連れて来たこの二人は、元は裏路地社会の人間で、つい先ごろ足を洗ったばかり―――シャルーアのおかげで。


 なのでシャルーア的には知らない人間ではないので、この二人と同じテントなら構わないだろうと思っていたが、当の二人はものすごい勢いで首を横に振る。


 それを事情の知らないリュッグともう二人―――町長とその補佐の男は、少女とはいえ異性と同じ床に入るのは紳士な行いではないと思って、二人が断ったのだろうと感心した。



「しかし、皮肉な話ですね。メサイヤ一家がのさばっているおかげでこの辺りは魔物の脅威が薄れているというのは」

 リュッグがそう言うと、町長は何とも複雑な表情をした。


「まぁ、ねぇ。……けど、それで町の経済が滞っては、死にゆくのが早いか遅いかの違いだけだからねぇ」

 町長的にも治安改善は認めるところなのだろう。だが結局、メサイヤ一家によって商業力が低下する事態になっては、町には大きなマイナスだ。どう転んでもため息モノというのは、町の長たる者にとって頭の痛い悩みだ。


「リュッグさん、こちらは設営終わりました。夜の番はいかが致しましょう?」

 町長の補佐役の男性がそう聞いてくると、リュッグはふむと少し考える。


「そうだな、いくらマシになっているとはいえ、一か所に長居はなるべくしない方がいい……朝まで2時間おきくらいのローテーションを組み、早朝に町に向けて出立する予定としようか」

 思ったよりも、” メサイヤの穴 ” での会話が長引いたせいもあって、リュッグ達は野宿を挟むこととなった。

 メサイヤの厚意で一泊するのも悪くなかったが、やはりゴロツキがひしめく場所での宿泊というのは、なかなか勇気のいる話。


 特に町長と町長補佐は、“ メサイヤの穴 ” に近づく段階でビビってしまっていたくらいだ。

 二人の事を考えると、夕方近くであったとはいえリュッグは申し出を遠慮し、途中に野営を挟む方針に決めた。



  ・

  ・

  ・


 そして夜。


 パチパチと薪が燃える小さな焚火の前で、シャルーアは一人座っていた。


『いいか、シャルーア。夜番でもっとも重要なのは居眠りしないことだ』

 仮に敵の接近を許しても、仲間がいる場合はすぐに大声なりを出して助けを呼べばいい。だが一瞬でもウトウトしたり、意識が落ちたりすれば、その一瞬で接近を許すどころか命を取られてしまう。


 なので夜番のポイントは、いかに眠気に誘われないかだと教わったシャルーアは、座りながら軽く両腕をあげたり回したりと、体操めいた事をしていた。




 ……刹那。


「―――」

「声、出すなよ……分かったか?」

 ちょうど両腕を上に挙げた瞬間、脇下から短剣を握った腕が音もなく伸び上がってきて、シャルーアの乳房の付け根あたりにその切っ先が突きつけられる。


 ごく僅かながら血の玉が膨らんでいくのを見るシャルーアの両目の下で、その口が男の手によって塞がれていた。



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