第232話 理由は異なれど行先は重なり決まる




 リュッグにとって最悪なのは、ローディクス家の御家騒動のために自分を探し、そして見つけられてしまった可能性だ。

 要するに、本家本筋の血を引く自分を帰らせて家を継がせ、いいように扱おうという一族の誰かのたくらみがあるパターンを、もっとも危惧する。


 なにせそれは、かつて少年の頃に家を飛び出すに至った理由そのもの。リュッグにとって到底、受け入れられるものではない。




「(それにしても、何故……どうやって俺を辿り、特定できた?? 傭兵ギルドですら、各地で活動する傭兵の居場所なんて把握しきれるものではない。ましてやギルドの登録には、リュークスの名は使っていない。リュッグの名から疑われるにしては……)」

 自分にたどり着く道筋などないはずだ。リュッグにとって、そこが一番の不可解だった。




「それでリュッグ様、いかがなさるのですか?」

 町で次の仕事に向けて消耗品などを買いに出た先で、道すがらシャルーアが聞いてくる。


「ん? ああ、今の所はどうもしない。こちらから出向くいわれはないし、手紙の内容からしても、探しているという話だけなら、“ ああそうですか ” ってなものだからな。気に留める必要はない」

 何よりシャルーアを連れてる今、過去のしがらみに関わるのは余計によろしくない。

 彼女まで自分の因縁に巻き込むいわれはないし、何より王都へ行くかどうかという話の最中だ。




「(妙な問題がこうもタイミング重なってのしかかってくるとは……頭が痛いな)」

 まず、あまり時間を見ていられなくなったシャルーアと王都の方をどうにかする。

 その際の展開次第でもあるが、その後にどうしても必要に迫られたなら、昔の因縁に蹴りを入れにいく算段を、渋々ながらつける事も視野に入れる。


「……とにかくだ、シャルーア。今はまず王都へ向かい、王に謁見し、話を聞くことを優先するぞ。俺の方の事は、今は気にしないでいい……王への謁見にしろ、スムーズに事が運ばない可能性は大いにあるからな」

「はい、わかりました、リュッグ様」







 その日の夜、ルイファーンから手紙が届いた。内容は、王都における “ 御守り ” に関する主だった大臣を始めとした諸侯の動きについて、調べ上げたものだ。


「……ふーむ、なるほど。やはり “ 御守り ” の存在に傾倒している保守意見と、“ 御守り ” に頼らずに問題に当たるべきという改革意見で分かれているようだ」

 この辺は想像通りだ。


 それまでの体制にヒビが入った場合、人はまず、そのヒビを直すか直さずに新しく改めるかを考える。


 どちらも分らないではないが、こと今回の “ 北の御守りの異常 ” に関してはどちらも決定打に欠ける。何せその異常の正体や経緯が分かっていない。

 その件について、一番当事者あるいは当事者に近いであろうシャルーアも、まったくもってして何の情報も持ち得てはいないのだから。



「じゃあ、王都にいったら改革意見側に取り次いでもらうとかー?」

 ナーの意見は確かに安全に思える。

 少なくとも、いまだに “ 御守り ” に頼ろうという姿勢の保守派を頼みにするよりかはシャルーアは安全でいられるだろう。だが……


「改革意見側でも、シャルーアを政争の道具に利用しようとする者がいるかもしれないからな、その辺は何とも言い難い部分だが……幸い、リーファさんがツテを紹介してくれるそうだ」

 手紙には彼女の母の事が書かれていた。


 ルイファーンの母親は、かなりの美女であり、同時に傑物でもあるようで、現在はファルマズィ王宮の、王の妃たちの教育係として後宮に入っているという。



「なーるほど、ルイファーンちゃんを通して事情が分かってる味方がそこにいる、ってワケだー」

「ああ、王都を訪ねたなら、まず彼女の母を訪ねる事になりそうだ」

 とりあえず光明は見えてきたが、不意にルイファーンからの手紙そのものを、リュッグは見る。


「(手紙……。……まさか?)」

 ルイファーンとはこうして手紙のやり取りをしている。ならローディクス家に自分の居場所が知られる運びとなったのは、そこからなのかと疑義を覚える。


 だが、いかにエスナ家がこのファルマズィ=ヴァ=ハール国内において、王家の親戚筋の家柄といえど、遥か遠く離れたターリクィン皇国と、そんな密接にやり取りをするとは思えない。


 ましてやイチ傭兵に過ぎない自分の事を伝えたりするものだろうか?



「(……ないな。そもそもただでさえ魔物が活発化して久しい世の中だ。ファルマズィ国内ですら手紙を届けるのにも一苦労だというのに、まして遠方の国外に―――)」

 そこまで考えて、不意にリュッグの脳裏をよこぎるものがあった。


 それは国をまたいで活動しているミルス達や、自分の郷里へと帰ったゴウの存在。


「(―――そうか、彼らだ! ありえる……国外でローディクスの者か、あるいはそれに近しい者に遭遇し、俺のことを話した可能性は、ありえる!)」

 特にゴウは、行方不明だったシャルーアが見つかった事などを伝える手紙をこちらから送っている。


 逆に言えば、ゴウはリュッグの居場所を、少なくとも受け取った手紙の発信元を知っている!



「(……参ったな、シャルーアの事だけでなく、俺の事からしても、早いところ王都に向かった方が良さげとは……)」

 手紙が来た以上、ローディクス家の手の者が、このエル・ゲジャレーヴァ目指してやってくる可能性も高い。




 リュッグは、この年になってまさか捨てたはずの過去のしがらみに追われる事になろうとはと、苦々しく自嘲した。



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