第八章

波乱を彼方に見据える道

第211話 異なる下っ端は己を弁える




――――――彼ら・・にはいくつもの目的がある。


 それを円滑に達するべく、ある程度の組織めいた数と上下関係ある集団を形成していた。


 最上位の ” 五鬼 ” と呼ばれるトップ5人を中心に、 “ 無下鬼 ” ムガキと呼ばれる手下たち、さらには “ 眼卑頭浸 ” マヒトツ と呼ばれる最下級の兵隊のような者達まで様々。

 

  ” 五鬼 ” はそれぞれ各々の色のローブを用いているが、 “ 無下鬼 ” ムガキは色浅い緑色のローブを纏い、 “ 眼卑頭浸 ” マヒトツ は明るい灰色のローブで統一されている。


 ようしているその数は、なかなかどうして無視できない人数。

 だがその集団規模とは裏腹に、彼らの活動の隠密性への徹底ぶりは相当に及んでいた。







「(この女……なぜここが? いや、今はそんな事を言ってる場合じゃあねぇな)」

 アーシェーン率いる兵士100人。全員が武器を手に構えていることから、確実に自分を怪しんでいる……あるいは最悪、正体を突き止められている可能性がある。


 彼としては中々面倒かつ、悩ましい状況だった。


「このような砂漠のど真ん中……ただ一人、隠れるように戦場を伺う者。それだけでも十二分に怪しいものですが、一応聞いておきましょう。ここで何をしているのでしょうか」

「そりゃあ、町を出て他所へ行こうとしてましたら、あんなドンパチしてるんですよ? 隠れて様子を伺うに決まってるじゃあないですかね? なんか珍しい魔物のようですし??」

 一応は素知らぬ通りすがりを装う。

 正直に言えば、彼にとってはここでアーシェーン達を葬るのは至って簡単なことだった。何ら脅威ではない。


 しかし彼はヒュクロに接触している。


 もしここでアーシェーンおよび率いる100人の兵士を抹殺してしまった場合、間違いなく後に尾を引く。

 死体も残さず消してしまったとしても、行方不明になった部下達の捜索上、怪しい人物としてヒュクロを通して容疑者の一人に挙げられてしまうのは間違いない。


 それは今後の活動に影響するので、彼にとっては避けたい展開だった。



「(これで上手くスルーできりゃあいいんだが……)」

 できる気がしない。

 まず伴っている兵士が100人というのが気になる。あの戦場へと援軍を引き連れて合流しにいく途中、たまたま自分を見つけたにしては、人数が少なすぎる。


 これではせいぜい、正体不明の怪しい者を捕まえるのに、念のためそれなりの兵力を伴ってきましたよっていうレベル―――つまり最初から彼目当てである可能性が高い。


「ほう、あなた自身で・・・・・・招き入れた魔物の死様を見届けると。なかなか仕事には真面目なようで?」

「(チッ、やっぱ気付かれてたか。……ヒュクロが喋ったか? いや……)」

 彼が魔物を宮殿にけしかけた際、アーシェーンとオキューヌは魔物への対処の場にはいなかった。


 つまり、ヒュクロが自分と取引した事を喋ったのではなく、既にマークされていたのが正しい。


「いやいや、そういうわけではないんですがね。……まぁこっちも仕事なんで、後ろ暗いとはいえメシ喰ってかなきゃいけないもんですから、なかなか大変で……ねっ」

 彼が選択した行動は、アーシェーン達をやり過ごすでも、一人残さず殺すことでもない―――逃走。


「! 逃がすな、素早く包囲を!」

 こうすればいかにも暗がりの、ヤバい商売を担っていた者が、公権力の手が伸びてきたので逃げをうったように見える。


「へへん、こんなところで捕まってたまるかよぉっ」

 ついでにそれっぽい捨て台詞も吐く。これで自分の正体は路地裏の世界に潜む魔物を扱う闇商人、といった認識をされる事だろう。

 指名手配はされるだろうが、顔など・・・どうとでも変えれば良い。



「ちっ、素早いぞ!」

「アイツ、砂地であんなスピードでっ」

「追え追えーっ、見失うなー!!」


 兵士達も頑張っているし、彼らとて砂漠での行動には普段から訓練を積んでいるゆえ、常人よりも早く移動できる方だろう。

 しかし、そこは身軽な彼と鎧を着こんでの武装した兵の差である。加えて身体能力の圧倒的な力量差……どんなに追いすがったところで、兵士達が追いつけるものではない。

 彼は悠々と半包囲されつつあった中を脱し、砂漠の彼方へと遠ざかっていった。


「(さっきの不快感は気になるが、これ以上頑張るのは危ういな。また “ 五鬼 ” にどやされたくねぇし。実験・・もまずまずだったし、これで鉱山の方の実験結果・・・・・・・・と突き合わせりゃ……悪くねぇはずだ)」

 とりあえず最低限、自分の仕事をこなして正体がバレないよう気を付けてさえいれば良い。

 ヒュクロに接触したのはリスクを伴うちょっとした賭けではあったが、結果的には上々だ。


 心残りがあるとしたら、先ほどの恐怖すら感じた不快感の正体が気になるという事と、ヒュクロに渡した別の実験物の成果を確認できなかった事。


 だが何よりも優先すべきは、自分のミスで自分達の真実を・・・気取られないこと。

 それだけは絶対だ。そこをミスれば自分どころか全員が動きづらくなる。



「(ま、そうなったら全面戦争だろーなぁ。“ 五鬼 ” がマジになっちまったら国1つまるまる消滅とか普通にありそうだし。……ひゅー、怖ぇぇー)」

 自分も人間をやめて、驚異的な力を得たとは思う。


 だが、上には上がいる。それも凄まじ過ぎるのが5人も。


 仕事と決まり事さえ厳守していれば、のうのうとした面白おかしい生涯を永久に送れるのだ。なので絶対的な上司たちに逆らう気はないし、従順な下っ端で十分。




 彼は完璧に追手の気配がなくなるまで、地平線の彼方の先へと走り去っていった。





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