第192話 少女が抱くポリシー




 ひと通りこの3カ月あまりの間の話を聞いたリュッグは、色々と頭を抱えたい気分だった。


「……あー、まぁなんだ。とにもかくにも、無事で何よりとしか言いようがないな」

 シャルーアの素直で明け透けなく物を言う性格のおかげで、よどみなく話は進んだものの、その内容は結構な波乱万丈だった。




 ラッファージャにかこわれかけ、砂漠でジャッカルという男と半夫婦状態な生活をし、その男を殺した怪人に何日も襲われ、挙句にはその怪人の子らに慕われて保護者的に指導し、さらには巨大な妖異に遭遇してこれを倒した―――かなり濃い3カ月間だ。



「じゃ、あの大量の炭や灰はシャルーアちゃんが倒したヨゥイの残骸だったんだ」

「すごい、えらい……パチパチパチ」

「自分でもよくわからないのですが、気付きましたら何となくという感じでした。今でもよく思い出せず……あまり詳しく語れずに申し訳ありません」

 しかし謝るシャルーアに反して、リュッグは何となくだが理解しつつあった。どうもシャルーアには、危機に遭遇したりした際には不思議な力が働くフシがあるのはまず間違いない、と。

 これまでの事を思い返せばその巨大なヨゥイとの戦いも、彼女のその危機に対する不思議な力が働いた結果なのだろうと、むしろ納得する。



「いや、よくやったな。傭兵にとって生き延びることが何より重要で、こうして生きているという結果があるだけで十分だ」

 むしろ問題はこれからだろう。

 グラヴァースという軍人とのウワサ話は、どうやらまったくのデマでもないらしく、シャルーアの選択次第では現実になる。


 それはそれで、この少女の幸せに繋がるだろうから悪いことではない。むしろ先の見えない傭兵の手伝いなんかよりも、よっぽどいい話だ。


「それでシャルーア、お前はどうしようと思っている? グラヴァースという人は、この国でもトップクラスの軍人だそうだが、彼と結婚するというのなら悪い話ではないと俺は思うが」


「確かにねー、いい男とくんずほぐれつ養ってもらえるなら、十分ありだよね」

「相手……中身、よほどクズ、違うなら……確かに」

 傭兵稼業をしているだけに、安泰な未来しか見えない縁談というのは、3人からすれば優良も優良の案件だ。


 特にリュッグは、お嬢様育ちなシャルーアには荒事よりも良い相手に嫁げるならば、その方が幸せになれると出会った当初から考えていた。

 なのでイザという時に責任の取れる立場や身分ある相手とは、シャルーアが安易に肌を重ねたとて説教はしてこなかった。


 とはいえ、やはり重要なのは本人の意志―――シャルーアは、少しだけ考えてから口を開く。



「私としましてはやはりお相手の御子を、こちらに・・・・授かったなら……と思っております」

 そういって自分の下腹部に両手を添える。偶然ながら親指と人差し指の内側の空間がハートめいた形になっていた。


「うん、……知ってた」

「だよねー、やっぱりシャルーアちゃんはシャルーアちゃんだ、むしろなんか安心したよー」

「まぁ、自分のことだ。そうしたいというのなら、それでいいだろう。色々と言いたくはあるが」

 ただそうなると、問題は相手側次第になってくる。


 シャルーアがこういうポリシーの持ち主なのは、ここに来てからの扱われ方を聞くに、既にあちら側も理解しているのは間違いないだろう。


 その場合、このシャルーアのポリシーにはある弱点がある。



「シャルーア、たとえばだ。相手が、デキるまで・・・・・何年でも何十年でもここにいろ……と言ってきたらどうする?」

 そもそも子が出来るか否かは普通の夫婦でも確率の話になる。

 やることやっていても一生子宝に恵まれずに悩む夫婦だっているし、逆にどんどこ恵まれるような夫婦もいる。


 なので継続的に行うこと前提なのが、本来の子作り行為というもの。


 つまりグラヴァースと肌を重ね、そして数週間おいて妊娠の兆候がなければそれでおしまい……とはならない。


 向こうの意向次第ではあるが、相手が本気であれば当然、シャルーアが子を身籠るまで留まることを望むだろう。それこそ時間制限なく。



「………………」

 シャルーアは沈黙したまま再び考えだした。今度は長い。


「もしお前がそこまで相手に入れ込まない、それは困るというなら俺達も協力してあちらさんに働きかけるが……」

「うんうん、シャルちゃんが望まないのに無理やりそーするっていうのはダメだよ。ねっ、お姉ちゃん」

「当たり前……最悪、噛みちぎってもいい……相手のを」

 3人の言葉を受けても、なおシャルーアは考え続けたまま黙していた。その長考の理由は良いものか悪いものか、前向きなのか後ろ向きなのかもわからないが、とにかくシャルーアは何故か考え続けたまま、いつまでも口を開かない。



 その沈黙を破ったのは意外な人物だった。


 ガチャッ……


「お話中のところ失礼致します、お客人方。私はヒュクロと申す、グラヴァース閣下の臣を務めておる者でございます」


「! これはご丁寧に。自分は傭兵をしているリュッグと申します」

「ナーだよー」

「……ムー。……よろ」

 挨拶の返し方から、ムーとナーが警戒しているのを悟ったリュッグは、表向きは笑顔を作りながらも、内心ではこのヒュクロという人物を警戒し始めた。


「失礼ながら、お話のほど……途中より聞かせていただきました。確かにシャルーア様におかれましては、我があるじとのご縁に縛られること、必ずしも良しとなるとは限らないこと。そこで私めから、ある提案をさせて頂きたいのです」

 リュッグは理解した。

 この態度と口調は丁寧すぎる。こちらが相手の宮殿に押し掛けた形だというのに、腰を低くし過ぎだ。客に対する丁重な姿勢といってもほどがある。


 経験的にいってこういう相手は、何か自分の企みがあって、そのためにこちらを動かそうと考えている手合いだ。




「……提案、とは? 聞くだけ聞かせていただきましょう」

 慎重にヒュクロとやらを伺う。

 これ以上面倒ごとを積み重ねられるのはゴメンだが、企みある相手の腹の内を知らないでいるのも危険だ。



 何を語るのか、そして何を要請してくるのか?


 リュッグは油断しないように気を引き締めながら、ヒュクロの提案とやらを聞くことにした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る