ブライダルは赤き銃身と共に

第191話 再会と問題




 オキューヌは肩をすくめながら、対面して座る男に呆れた。


「要するに、グダグダじゃあないか? 市井しせいにまで広まってる時点であとには引けないだろう、それは」

「ああ……まぁ、そうなんだけどな……」

 グラヴァースが刺激的な夜を経て悶々としている間に、アーシェーンがしっかりと動いてしまっていた――――――ウワサの拡散でもって、外堀を埋められていたのだ。



「東西護将の1人が部下に振り回されてどーすんだい、同僚として情けない限りだよ。しかも? 通りすがりの旅の女の子をナンパしたら、それが昔世話になった教官の娘で、一気に萎縮しながらもやることやっちゃいましたって。アンタって、状況に流されるようなヤツだった?」

 状況は楽観できるものではなかった。


 何せ市井では、グラヴァースがついに結婚するというウワサが広まりきっているのだ。しかも厄介なことに、お相手の女性が “ シャルーア ” だとハッキリ名前が出回ってしまっている。



「こーなるとアレだね。本当にシャルーアちゃんを嫁に迎えるか……それか別の女の子を用意して、それと名前を間違えましたーってな感じに落ち着けるかするしかないんじゃないの?」

 オキューヌの言う通りだった。仮にシャルーアと添い遂げないにしても、落としどころはいる。アーシェーンの根回しが完璧すぎて、もうエル・ゲジャレーヴァの町の人々は、ウワサの段階からお祝いムードへと移行しつつあるくらいだ。


 これでは “ 間違いでしたすみません ” などとは言えない。


 とにかく誰か本当に花嫁を迎えなければ、東西護将という高い地位にあるグラヴァースの威信と沽券に関わってしまう。

 そのくらいなんだと普通の人間は思いがちだが、上位の者というのは情けない姿を見せるだけで世の中に大きなマイナス影響を与えてしまう。


 このエル・ゲジャレーヴァがこの辺りの方面軍の本拠地として機能している以上、そのトップであるグラヴァースは、少なくともこの都市では偉大であらなければならない。



「……しかし、こちらの都合で相手の人生を振り回すことになるのは気が引けるんだが」

 弱気な同僚にオキューヌはやれやれと後頭部をかいた。


 いい男には違いないのだが、初体験を経て色々と考えさせられてしまったのだろう。思い切りの良さやいい意味でのヤンチャさといった良点が、完全になりを潜めてしまって、グラヴァースはすっかり内気ボーイとなってしまっていた。




  ・


  ・


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 別室に通されたリュッグ達を、褐色の少女が出迎えた。


「リュッグ様、ムーさん、ナーさん、お久しぶりです」

「無事で何よりだ、シャルーア」

「やっほー、シャルシャルちん、元気してたー? またなんか面倒なことになってるっぽいねー」

「……ご成婚おめ。お祝いは……また今度で」

 シャルーアもシャルーアでよく見知った顔を見た途端、不思議な安心感が沸き起こり、全身からかすかなに帯びていた緊張感がほどけ、脱力してソファの上に腰を落とした。



「しかし……まさかまさかな事になっているみたいだな。ともあれ砂大流の地獄グランフロニューナは乗り切れたようで安心したよ」

「はい、リュッグ様に色々と教わっていたことがお役に立ちました。……残念ですがジャッカルさん―――一緒に巻き込まれた殿方は亡くなってしまいましたが」

 思い出してシャルーアは少しだけしょんぼりした気分になった。

 愛していたわけではないが、ジャッカルとの日々や彼の自分に対する積極性は、ある意味シャルーアにとっては理想的だった。

 

 彼が殺された後の奇縁のインパクトのおかげもあって、悲しい気持ちはあまり強くならなかった。だが、こうしてリュッグ達と再び合流……安堵したことで今更ながら、多量なりとも少女の心の奥に込み上げてくるものがあった。



「そうか……だがそれが現実だ。そしていつ、自分がそうならないとも限らない……とにかく無事でよかった、よく頑張ったなシャルーア」

「はい。ありがとうございます、リュッグ様」

 ペコリンと上半身を折り曲げて丁寧に頭を下げる。数か月ぶりとはいえやはりシャルーアはシャルーアだ。

 それでもほんの少したくましくなったように感じるのは、その数か月の間にそれだけの経験をしたという事なのだろう。


 少女の醸し出す雰囲気に成長が感じられ、リュッグは少し感慨深い気分になった。



「そーそー、ワッディ・クィルスから砂漠を横断してくる途中でさ、シャルーアちゃんの “ 子供たち ” に会ったよっ」

「! あの子達にですか?」

「ん。……心配いらない、元気にやってる、から、よろしくって」

 するとシャルーアはホッとして胸をなでおろす。以前はそこまでの反応を見せたことがない彼女に、多少なりとも感情が豊かになっていると、いい意味でリュッグは驚いた。


「シャルーア、アレら・・・について詳しく聞いておきたい。アレがヨゥイである事はお前も分ってるとは思うが、なぜお前の事を “ 母 ” と呼び慕っていたんだ? 砂大流の地獄グランフロニューナに巻き込まれた直後にヨゥイにさらわれて苗床にされたと仮定しても、この数か月内に生まれたとも思えなかった……何があったのか聞かせてくれ」

 それはムーとナーも気になっていた。リュッグは、あのヨゥイ達が人に害を成すものなのかどうかをハッキリさせておかなければならない理由があった。


 それは今後、彼ら―――タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人が人間から見て討伐対象となるのを容認するか、そうならないように働きかけるか傭兵を生業としている者としては、決めてかからなければならないからだ。


 シャルーアを “ 母 ” と慕い、リュッグ達を歓待したからといって人に危害を加えないモノとは限らない。

 もし人と共存できるモノであるのならば、それはそれでキチンと詳細含めて世の中に広く認知させるよう、然るべきところに情報を伝える必要がある。




 いかなる生物か? 正しい接し方は? 言葉は通じるのか? 危害を加えてこないのか?


 より多くのことをより詳しく人々が知るほど、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の子供達の今後の安泰にも繋がる。


 シャルーアはリュッグの意を理解したのかしないでか、ゆっくりと砂大流の地獄グランフロニューナに巻き込まれる少し前の、ラッファージャの宮殿から脱するかどうかというところから話はじめた。





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