第188話 本人不在で広がるウワサ
――――――明けて翌日。
エル・ゲジャレーヴァの朝は、さすが大きな都市ということもあって、早い時間からもほどよい喧騒が宮殿まで聞こえてくる。
朝食の時間、シャルーアは食堂でアーシェーンやヒュクロと同席していた。
「では?」
「はい、お願いされました通り、可能な限り頑張らせていただきましたが……本当によろしかったのですか、アーシェーンさん?」
朝食の席で昨晩の成果を聞いてくるアーシェーンに、シャルーアはまるで何事もなかったようにケロっとしたまま答えた。
アーシェーンの要求……それはシャルーアさえよければ、グラヴァ―スを受け入れて欲しい―――それも徹底して励んでもらいたいという、明け透けないものだった。
シャルーアは、男女関係において前後順序が逆転している価値観の娘だと会話で知ったアーシェーンは、最初こそ驚愕した。
しかしモノは考えようで、既成事実でもってグラヴァースとくっつけてしまうには最適な性格だと判断した。
加えてこの少女は相手の男性を選り好みもしないらしく、” デキたら嫁ぐ ” は決して会話上の言葉のあやではなく、この娘のポリシーのようなものだとも分って来た。
ならグラヴァースと夫婦になることも、シャルーアは特に異論はないのだ。条件はただ一つ―――相手の男の子供を彼女の胎が成すか否か、それ次第である。
「(今度こそグラヴァース王子は身を固められそうですね。アッシアド教官には申し訳ないですが、多少強引でもお嬢さんを利用させていただきます)」
しかし、そんなアーシェーンの策謀に眉をひそめる気分の人間もいる。同じく側近のヒュクロだ。
「(アーシェーンは、彼女と王子をくっつける方向で押す気ですか……)」
それが叶うのであればヒュクロとてそこまで反対ではない。
しかしヒュクロの中ではシャルーアは、もっと別でグラヴァースの利になる使い方ができると判断していただけに、アーシェーンの狙いを素直に支持できない。
「(さて、いかがしたものでしょう? 確かに王子に身を固めてもらうことも重要ではありますが……)」
グラヴァース本人には怒られるだろうが、ヒュクロはまだ王国復興の路線を強く考えている。
それは先祖の悲願だとかそういったものではない。そもそも彼の出自は遥か北のエウロパ圏をルーツとした家柄であり、グラヴァースや彼の血筋に仕えるのはヒュクロが初めてだ。
なので本来は、先祖から仕えている家の出のアーシェーンに比べ、ヒュクロの方が王国復興だのといったことには興味がないはずだった。
だがヒュクロは、自身でも自覚しきれていない野心の闇を心に秘めていた。
彼が抱えるのは大きなことを成し遂げ、その一翼を担うという自分自身の理想像を現実にするという野心であり、小さかろうと古き国を再興するという話は、いたく心をくすぐられる材料。
ゆえに、こびりつくようにその方向性でのグラヴァースへの奉公と思惑を捨てきれない。
その闇は日々、少しずつ深まっていた。
「そういえば、グラヴァース王子……いえ、閣下はどうなされましたか? あの方が朝食の席に出てこないというのは見た事がありません」
ヒュクロが朝食の手を止め、いまだ姿を現さない主を探すように視線を巡らせる。そういえばと、アーシェーンも不思議そうに軽く食堂を見回した後、シャルーアに問いかけるよう彼女に視線を向け止めた。
「グラヴァースさんでしたら “ どんな顔してメシ喰えばいいのか分からない ” とおっしゃって、ベッドから出てこられませんでした。ですので、まだベッドの中にいらっしゃるかと思います」
「……なるほど、確かに閣下らしいですねそれは」
アーシェーンはとても納得したと言わんばかりに頷く。
「しかし、あの閣下が食事にいらっしゃらないほどとは……」
ヒュクロが呆気にとられて呟いたのが耳に入ったのか、食器を返すべく通りがかっていた兵士が足を止めた。
「? ヒュクロ様、閣下は体調がすぐれないのですか?」
「ああ、いや……そういうわけでは―――」
「昨日、こちらのシャルーアさんと熱い一晩をお過ごしになられたので、疲れていらっしゃるだけ……心配は不要です」
適度に誤魔化そうと思っていたヒュクロが慌てふためく。
ズバリと答えたアーシェーンの言葉を頭のなかで咀嚼していた兵士は、どんどん表情が変わっていき、やがて満面に驚きを露わにすると、シャルーアとアーシェーンを交互に見た。
「え、じゃあ閣下にもついに春がきた!!? おおーい、みんなーっ! 朗報、朗報だぞーっっ!!」
「ちょ、ちょっとアーシェーン! どうするのですか、これでは一気に話が広まって―――」
「構わないではないですか、いずれわかることです。それに……知っていましたかヒュクロ? 前々から兵士の間では、シャルーア様についてのウワサが飛び交っていたことを」
確かに
いくら宮殿といってもイチ方面軍の本拠地、軍人の城である。
そんなところに部外者の、非軍人とおぼしき少女が滞在することには、いろいろと憶測やウワサが飛び交うのも自然だった。
「し、しかし、これでは兵士達の間で一気に―――」
「はい、広まるでしょうね。グラヴァース閣下に女が出来たというウワサは事実だった……というところでしょうか。別に困ることでもないでしょう」
アーシェーンがしれっとそう言い切る。
彼女の中では、グラヴァースとシャルーアをくっつける方針で完全に固まっているようだった。
そしてこの日から、シャルーアは宮殿の兵士達に “ 様 ” 付けや “ 奥様 ” などと呼ばれるようになるのだった。
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