第187話 将軍、初めての夜を焚きつけられる
ヒュクロとアーシェーンは熱に多少の差はあれど、両方ともグラヴァースを持ち上げることに前向きだ。
そのためにやれることはやりたいと常々思っている。それは臣下としては一見理想的な姿勢に見えるが……
「(……いっそ王に献上するというのは? アッシアド将軍の息女ならば、将軍を信頼していたファルマズィ王なら喜んで迎えるはず)」
とりわけヒュクロは、シャルーアを活用して最大限グラヴァースの益とする方法をいくつも考え続けていた。その案の中には、あまり褒められた内容ではないものも含まれている。
「(アッシアド将軍の御息女を保護し、差し出したとして2重の意味で大きな功となりますし……王へのアプローチはありですね)」
正直なところヒュクロは、シャルーアをグラヴァースに嫁がせるセンは薄いと考えていた。
理由は、これまでのグラヴァースの女縁の悪さだ。
さらに本人も意欲は旺盛で、そこそこ頻繁に町に繰り出しては女性に声をかけている。
シャルーアがこの宮殿に今滞在しているのも、その努力のナンパの結果だ。
だが、そんな才もあれば努力もしているはずのグラヴァースなのに、これまでナンパに成功したことがない。
不思議といつも最終的な結果は惨敗―――女性との運や縁がないと言わざるをえない。
おそらくシャルーアがグラヴァースに一人の男として
そんな事を考えながら彼が廊下を移動していると……
「……っ」
「……」
「! ……、っ、……」
長い廊下の先で、グラヴァースとアーシェーンが何やら言い合っているのが見えた。
「どうしました、お二人とも。このような場所で……何か問題でも起こりましたか??」
「ああ、ヒュクロか。いや聞いてくれ、アーシェーンがとんでもない事を俺にすすめてくるんだ」
ヒュクロの知る限り、アーシェーンは生真面目で頭脳明晰な女性だ。グラヴァースに無理無茶をさせようとする類の人間ではない。
なのでグラヴァースが大袈裟に嫌がってるだけだろうと、軽い気持ちでアーシェーンに問う。
「とんでもない事とは何ですか、アーシェーン? 王子に空を飛んでくれとでもおっしゃったとか?」
「いや、簡単なことですよヒュクロ。王子にシャルーア嬢を
ヒュクロは笑顔のまま固まった。
あれ、自分の知るアーシェーンはこんな事を言う人物だったかな、と困惑する。
「ええと、それはどういう……?」
「どうもこうも、そのまま言葉通りの意味です。王子に夜、彼女の閨へと忍び込み、その
困惑はますます深まる。
アーシェーンは現実的な意味で効率を重視するタイプで、そんな大胆というか犯罪的な案を提するというのが前代未聞のこと。提されたグラヴァースもどうしたんだコイツと言わんばかりの表情だ。
「一体どうしたのです? 何かおかしなものでも食べましたか??」
「いえ、私は至って平常ですが。……そうですね、少し話が性急過ぎたかもしれません―――ですがグラヴァース王子。もし王子が彼女をご所望でしたら、手に入れる方法はそれしかございません」
一体どういう事なのか? まるで見えてこないアーシェーンの提案に、男二人はどうしたものか破顔し、ただ困り果てるばかりだった。
・
・
・
その日の夜。
結局グラヴァースは、シャルーアが寝泊まりしている寝室の前に来ていた。
『ご心配なさらずとも、シャルーアお嬢様がお怒りになることはございませんので、どうぞ存分に気張ってください』
「(なんてアーシェーンは簡単に言ってくれるが、こちとら女性の寝室に忍び込むと か気が引けるっての)」
それでもこうして来てる自分がちょっと哀しい。これも男の
「(とはいえ……アーシェーンの奴のいう事も一理あるんだよなぁ。ヒュクロのヤツがヘンな考えを
瞬間、アッシアド将軍にしごかれた記憶がフラッシュバックする。背筋がゾッとして一気に臆病風が吹き抜けた。
「(え、ええい! ここまで来たんだ男は度胸、男は度胸! すみません教官、娘さん、いただかせていただきますっ)」
軽く祈りの所作をした後、意を決して扉を開ける。
音が鳴らないように、そーっと……
何せここは軍の本拠点。部下の兵士がひしめいている。不審な物音ですぐ駆けつけてくるだろう。別に見つかったからどうという事もないが、当然今夜はそこで終了だ。
そんな部下のひしめく宮殿の中での夜這いというのは、本当は相当難易度が高いのだが、それを簡単に目的の部屋へと到達できる辺り、グラヴァースの実力のほどを示していると言えた。
「(……ベッドに……いたっ。……ね、寝てる……よな?)」
ゴクリとノドが鳴る。何せ夜這いなんて初めての経験だ。ここまで来たはいいものの、正直どうしていいのか分からない。
このまま飛び掛かってなんやかんやとやり始めれば良いのか? それとも一度起こしてから、挨拶的に “ どうも、夜這いに来ましたよお嬢さん ” なんて一言入れるべきなのか?
「(え、ええい! 目的はやることやるためなんだからっ、ビビるな俺っ!!)」
そーと、そーっと……かわいらしさすら感じる歩き姿でシャルーアの寝ている床に近づく。
そしてそのベッドの中へと、ゆっくりと潜りこみ―――
「―――」
目が合った。
「……こんばんわ、いらっしゃいませ」
布団の中で、
「……お、お、おき、起きて……た?」
「はい。アーシェーンさんが “ 今夜あたりもしグラヴァース閣下が来たらお願いできますか? ” とお昼に言われていましたので」
男がベッドの中に入り込んできたというのにまるで普段通り。
まったく動じないし、悲鳴もあげない。咄嗟にグラヴァースをベッドから叩き出すこともしない。
それどころか……
「え、あ、へ、は……あ、あぁ、ええ、あー、んとそのだな……あの、えーと―――ほぁっ!?」
逆に混乱しかけているグラヴァースの大事な部分に手をかけてきた。
「アーシェーンさんが、グラヴァース様は女性との経験がないので良しなにとおっしゃっていましたので、僭越ではございますが私の方で色々とさせていただきますね」
「へ? は、……あ、えー、……んと、……はい、よろしくお願いします……」
そしてここから一晩中、グラヴァースは、シャルーア相手に自分は、借りてきた猫のようにおとなしくしていることしかできず、男としては軽く情けない気持ちになりながらも、初めての男女の睦事にどっぷりと酔わされていった。
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