第184話 自由な女将とお茶菓子



 シャルーアがエル・ゲジャレーヴァに着いたその頃、リュッグ達はワッディ・クィルスにいた。




「ダメ……来た形跡。ない。飲んだくれ、皆、前の話、ばかり」

 酒場から出てきたムーが身体上半分で大きくバツを作った。


「そうか、どうやらハズレだな。この町ならシャルーアも知っているからもしかしたらと思ったんだが」

 人が迷った時、目的地にしやすいのは他でもない、自分がより見知っている場所だ。目印や目標にしやすいというのもあるが、何より知っている場所というだけで安心感を得られる。


 だがリュッグの予想は外れ、このワッディ・クィルスに至るまでの街道上にも、シャルーアらしい特徴を持った人物の目撃情報は得られなかった。



「ってことはー、シャルーアちゃん西にいったっぽい?」

「おそらくな。流された先が予想通りこの辺りだったなら、東に向かっていた場合はこのワッディ・クィルスとザブン・ケイパーの間あたりに出るが、西側に向かったとすると、ムカウーファ……いや、あそこは西の大街道からはズレている……」

「なら……エルゲジャ?」

 シャルーアの性格ならあり得る。あのコは見知らぬ土地でも(表面上は)恐れ知らずなところがある。


 自分の知っている場所かどうかよりむしろ、もっと現実的な選択を取ったのかもしれない。


「もしそうなら、おそらくシャルーアが流された先は地図の……この辺りのやや西寄りだな。東西南北を比べた時、もっとも近くに何かがある距離として、最短が西になる」

「あとさ、まだそこにいるっていう可能性もあるんじゃない?」

「北か、南……行ってる、かも、しれない」

 一緒にいたジャッカルという男性がどう判断し、シャルーアと行き先を考えあったのか? それを考えればムーとナーの言葉にも一理ある。


 絶対的に西に向かったと考えるのは危険だし、また無駄足になって時間をロスするのもよろしくない。


「……よし、まだ留まっている可能性と西に向かった可能性の両方をまずは潰そう。幸い、このワッディ・クィルスには知り合いがいる。協力を仰げるかもしれない」

 知り合いといっても、気安くあれこれ頼めるような相手ではないが、最低でも当該地に関するより詳しい情報が得られれば良い。


 リュッグは面会申請の書類を軍の駐屯所に出した。




  ・


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  ・


 それから2日後、リュッグ、ムー、ナーの3人は、ワッディ・クィルス城塞の軍団長室に通されていた。



「申し訳ありません、今しばしお待ちを」

 主のいない部屋で待たされること1時間。

 最初は “ しばし待たれよ ” と上から目線な態度だった近習とおぼしき兵士が、部屋に来るたびに腰が低くなっていき、ついには来賓向けの冷たい飲み物と菓子を丁寧に持ってくるまでに下がりきった。


「……どうやら目当ての人物は部下にも黙って、どこかに行っているようだな」

 部屋の外でドタバタと忙しない足音と共に “ いたか? ” “ いやいない ” だのといった声が飛び交っているのが聞こえてくる。



「ねーねー、お姉ちゃん。次は何が出てくるか賭けようよ。あーむ、むぐむぐ……このお菓子おいしー」

 口いっぱいにお菓子を頬張りながらしゃべるナー。


「ズゴゴゴゴー……バクラヴァ多層ケーキ、銅貨1枚」

 ヤシ繊維を束ねて作られた風変りなストローで飲み物を限界まで吸い上げたムーは、ふところから銅貨を1枚取り出して、目の前のテーブルに置いた。


「私はねー…時間的にそろそろお昼だし、意外とハミールパンあたりが出てくるに銅貨1枚!」

 同じくナーも、胸元から銅貨を1枚出してテーブルに置く。


「ならアタシはアッシーダ南瓜プリンに銀貨1枚だ」

 パチンッ


 テーブルの上に、銀色のコインが参戦した。


「おお、自信たっぷりだねーお姉さん―――って誰!?」

「……窓、開いてる。賊?」

 言い終わる前にムーがいつの間にか手銃ハンドガンを構えていた。


「おっとっと、よしとくれよ。物騒なモンはしまいな。自分の部屋で銃口向けられる筋合いはない……そうだろうリュッグ?」

「やれやれ、貴女あなたの部下は大変だな……ムー、大丈夫だ。彼女が訪ねる相手で、この辺りの軍の偉いさんのオキューヌ氏だ」

「よしてくれよ、そっちのが年上なんだ。なんなら “ ちゃん ” 付け呼ばわりしてくれたっていいんだよ?」

 そう言っておどけるのは、このワッディ・クィルスを拠点とした方面軍のイチ将軍で “ 東西護将 ” の一人、オキューヌだった。



「そっちのコ、なかなかやるね。銃を抜いて構えるまでのスピードもそうだけど、手と腕以外、まったく微動だにしてなかった……アタシの部下にならないかい? 給料は弾むよ」

「遠慮。軍、面倒……キライ」

「おねーちゃん、自由人だもん。あ、もちろんナーもノーサンキュウってやつだよっ♪」

 もちろん両者とも本気じゃない。単なるじゃれあい会話だ。


「ははっ、フラれちまったね。……で、わざわざ面会の手続き踏んでまでアタシを訪ねてくるなんてどーしたんだい、リュッグ? そういえばシャルーアはどうした、あのコが来たら町の野郎どもはまたうるさいだろうに」

(※「第52話 町のアイドル」参照)



 リュッグはようやく本題に入れると鼻で一息ついてから口を開いた。


「そのシャルーアの捜索に、少しばかり協力をお願いしたいんだ」

「なんだって?」

 気楽な態度をとっていたオキューヌが一転、少しだけ真剣な目になった。

 何があった―――椅子に座る姿勢を正すことで無言のうちに問いかけてくる。


砂大流の地獄グランフロニューナは知っているな? 2ヵ月と少し前、シャルーアはソレに巻き込まれた。ある程度流された先は絞って捜索に当たってはいるんだが、まだ発見できていない。行先の検討なんかもついちゃいるが、まだ可能性が多くてな。潰していくのでさらに時間がかかってしまう」


砂大流の地獄グランフロニューナ……あのお嬢ちゃんはつくづくだねぇ。大当たりというべきか大外れというべきか。まぁそういう事なら協力しようじゃないか。ちょっとばかし気になることもあるからね」

「気になること?」

「ああ。もしかしたら無関係じゃないかもしれな―――」


 ガチャッ!


 オキューヌが言いかけたところで部屋の扉が開いた。両手で皿と飲み物を持っている近習の男が入ってきて、あっと声をあげる。


「オキューヌ隊長! もー、いつもフラッといなくなって!! おおーい、みんなー、オキューヌ隊長がいたぞー!!!」

 男が放り出すようにテーブルに置いていった皿を見て、ムーがニヤリと笑った。



バクラヴァ多層ケーキ……私の、勝ち」

「くっ! 食糧庫に大量のカボチャが積んであったから、きっとアッシーダだと思ったのに!」

「あー、負けちゃったー。でも儲けたねお姉ちゃん」

 コクリと頷くムーは、テーブルの上の銀貨1枚と銅貨2枚を自分のところに引き寄せ、ふところへとしまった。




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