第180話 しけこむ先は武骨なる大宮殿




 シャルーアが妙な男に絡まれ、連れていかれた先は宿―――ではなかった。



「(……宮殿? いえ、なんだか少し違うような気が……??)」

 大きな宮殿の巨大な門を平然と通る男。


 肩を抱き寄せられるようにして半ば強引に連れ立つ形で、一緒に宮殿の敷地内へと入ったシャルーアは不思議な違和感を感じていた。



 いいとこのお嬢様生まれなシャルーアの生家も豪華な宮殿だった。しかしその造りは全体として居住性を最重要視した、あくまでも “ 家 ” としてハイグレードな建築物だ。


 これまで立ち寄って来た町などでも、お金持ちなどが暮らす宮殿なんかは目にしてきたし、あの砂漠の中のラッファージャの巨大な宮殿も、外壁が三重四重に囲われてはいたが、やはり基本は居住場所として贅を尽くしたところだった。


 しかし連れてこられたこの宮殿にはそうした “ 家 ” の雰囲気を感じない。建物の背が高く、その背に合わせるように外壁も高い。その上厚くて武骨な感じだ。



「ごめんな~、むさっくるしい “ 宿 ” でさ。でも広さと過ごしやすさは保証するから……にっひっひ」

「確かにとても広そうです。ですがその、お高いのではないでしょうか? それですと私は困ってしまうのですが……」

 シャルーアに比喩などの言葉遊びは通用しない。素直ゆえに相手の発した言葉通りにとらえてしまう。


 なのであくまでもこの宮殿は “ 宿 ” なのだと、彼女は思った。



「え、あ……あー、いやいや、大丈夫大丈夫。全然高くないから、むしろ今ならめっちゃ安いから! 町のどんな宿よりも、えーあーん-……そうっ、今だけの特別プライスっていうヤツ!! “ きゃんぺーん ” とか “ ぼーなす ” とかっていうね。……あ、いや “ ぼーなす ” は意味が違ったっけか。ま、まぁとにかく! 今だけめちゃくちゃ安いってことさ、いやーお嬢さんはツイてるよー」

 ものすごく必死になる男。この時点で……いやこんな巨大で異質そうな宮殿に入ろうとする時点で普通の女性なら少しは男を疑うものだ。


 しかしシャルーアは違った。


「まぁ、それではとても良いタイミングだったのですね。お金に不安がありましたので、大変助かります」

 自分の胸前でポンと両手の平を軽く叩き合わせ、男の言葉を信じて素直に喜んでみせるこの褐色美少女に、彼は調子が狂う。



「(なんなんだ? 乗ってた馬車の雰囲気からして、結構な旅をしてきてるみたいだが、まるで世間知らずなお嬢様っぽいぞ。言葉遣いや所作、指先の動き一つとっても演技してる……ってわけじゃないな。マジに生粋のいいとこ育ちなコだ。こんなんで今までよく生きてこれたな?)」

 同行者もなし、少しボロい馬車や荷台に積んであった荷物を、男は目ざとく観察して、身の上やこれまで歩んできた道のりなど、少女の背景を推察していた。


 しかし会話を深めるほどに、最初に見込んだシャルーアの人物像はどんどん崩れていく。

 か弱く見えて一人でも魔物が闊歩する世界を旅できる程度にはたくましいかと思いきや、まるで真逆。


 しかも相手を疑うことなくとても素直ときている。


 そんな性格の少女が一人旅に出たとしたら、数日後にはどこかの町の路地裏に簡単に引き込まれ、鎖と首輪をつけられてバッドエンド即終了コースまっしぐら―――魔物の脅威以前に、悪意ある人間に捕まっておしまいだ。


 しかし彼女の馬車は、少なくとも数か月は使われている形跡があった。つい最近手に入れたばかりの中古品とかでないのであれば、それなりに長い旅をしてきているはず。





「(とんでもなく幸運に恵まれてるってか? ……こりゃあ、もしかしたら思わぬめっけもんだったかもしんねーな、へへ)」

 男の鼻の下が伸びる。ともあれ素直な性格だと判ったのは大きい。こちらが言葉を尽くすだけで、この少女は容易くおとせ・・・そうだと、男は期待した。


 しかし、そんな彼の期待を引き千切らんとする怒号が、屋内へと入る扉の前までやってきた時に、横から浴びせられる。



「グラヴァース王子・・っ、またですか!!!!」

「!? ゲッ、アーシェーン!!」

 真正面に見ていた扉から声のした視線を左に向けると、大理石の柱が片側に並ぶ建物外の廊下をこちらにツカツカ歩み寄って来る女性がいた。


 やや細手で女性としては背が高く、薄灰褐色の肌にグラデーションで金髪が混じった銀髪が映えている。フチのない眼鏡をかけ、いかにも真面目で厳しそう。



「お前、今日この時間は出てるんじゃあなかったのかよっ」

「その予定を今しがた終わらせて今、帰ってきたところです」

「早すぎんだろ、仕事がっ!! つーか、帰ってきて即バレってのもなんだよっ」

「巡回の兵の目をかわして帰ってこられたつもりでしょうが、王子が女性を連れ込んでいた場合、旗信号にて伝えるよう高台の見張りに指導済みです」

「きたねぇ!! ってか、王子って呼ぶなっていつも言ってんだろ!!」




 シャルーアは、何が何やらの置いてけぼり状態でポカーンとしながら、ただ二人の口ゲンカが終わるのを眺め、その終わりを大人しく待ち続けた。




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