第179話 お嬢さんっ、お泊んなさいっ




 シャルーアが辿り着いたのは、エル・ゲジャレーヴァ。


 ムカウーファから南西50kmほどのところにある、隣国ワダン=スード=メニダとの国境にほど近い、大きな都市だった。




「見たことのない雰囲気ですが、初めての町でしょうか……?」

 カッポカッポと蹄のいい音が鳴る。砂漠の砂地だった街道が都市の南門に近づくにつれ、いつの間にか硬い地面に変わっていた。


「止まれ、旅の者か?」

 出入り口で門番が声をかけてくる。この辺は他の町も同じなので何も問題はなく、シャルーアは馬を止めて御者台で丁寧に頭を下げた。


「はい、はじめまして。どうぞよろしくお願い致します」

「ほう……今どきなかなかに礼儀正しい娘だ。親は荷台か?」

「いえ、わたくし一人だけです。両親は……もう亡くなっております」

「む。それは悪いことを聞いた、すまんな」

 謝りながらも、門番は怪訝そうにシャルーアを見た。



「本当にキミ一人か? 魔物が活発になっている今、旅の道中は相当に危険なはずだが……」

「はい、これまでも街道を来る間、何度もヨゥイに遭遇いたしました。ですがこの通り、無事に町へと到着でき、安堵しています」

 すると門番は眉をピクリと動かす。


「まさか……その若さで傭兵か?」

 魔物のことを妖異(ヨゥイ/ヨーイ)と呼称するのは傭兵達だけ。至極当然のようにそう口にしたシャルーアに、疑いの眼差しで門番は問う。


「ええと、私は正式な傭兵ではないのですが、とある傭兵の方のお手伝いをしております。ですが途中、その方とはぐれてしまいまして」

「ふむ、そういう事情か。はぐれたのはここに来るまでの間にか?」


「いえ分からないのです。別々に行動することになった後、移動の最中に深い砂塵に飲み込まれてしまいまして……気がつきますと、私はこの馬車ともども砂漠の中におりました。なので今、ここがどこなのかも分かってはおりません」

 シャルーアがかいつまんで自分の事情を説明すると、門番は驚きを露わにした。



「それはもしや砂大流の地獄グランフロニューナというやつに巻き込まれたと? 驚いた、あのウワサの現象から生還した者に会うとは―――いや、それは災難であったな。さぞ大変だったろう? この町で心身を休めるといい」

「ありがとうございます。それで馬車このコを繋ぎ止めておく場所はどちらでしょうか?」


「はっはっは、大丈夫だ。そのまま町中に入ってくれて結構だよお嬢さん。ここはエル・ゲジャレーヴァ、この辺りじゃ一番大きな都市だからな。大通りは大規模な軍隊が行き来できるよう、広くとられている。宿ごとに馬車を繋いで置ける設備が整っているから、そのまま中に入り、世話になる宿で馬車を預かってもらうといい」



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 そして言われたままに、シャルーアは馬車を町の中へと進めた。


「ふぁ~……。本当にとても広い通りです……」

 町の門をくぐるとこれまで訪れた町の中でも一番の、広々とした街道が視界に飛び込んできた。


 それどころか遠くに見える城壁の感じからして、この町自体も相当に広そうだ。


「(あの壁の雰囲気……ワッディ・クィルスの町を思い出します)」

 実際、このエル・ゲジャレーヴァはワッディ・クィルス同様の城塞都市である。


 今の時代こそ平穏な関係であるが、古い時代にて西隣のワダン王国とこの国がギクシャクしていた際、有事への備えとして整備された、元は大規模な軍事拠点だった場所。


 現在でもそれなりの戦力を有し、国の守りの要である “ 東西護将 ” の一人が指揮するイチ方面軍の本拠として機能している。




「(まずは宿を探しましょう。……手持ちのお金で足りると良いのですが)」

 残念ながらシャルーアは、まだお金の数え方に不安があった。亡きジャッカルの財布も含め、いったい貨幣が全部でどの程度の額になるのかよく分からない。


 加えて宿代が一般的にいくらくらいが相場なのかもまだまだ理解しきれてない上に、町や宿によって額に差異がある。彼女には手持ちで足りる宿がどこなのかまったく判断がつかない。


 ただリュッグがいつも、比較的外観があまり立派ではない宿を選んでいたことは知っている。なのでシャルーアもそれを唯一の手掛かりにして、宿らしき建物が見えたらとにかくその外観を眺めた。


「(……。立派な建物が多いです……いつもリュッグ様が選ばれているような建物が見当たりませんが、どこにあるのでしょうか?)」

 しかもエウロパ圏様式の建物が多いので、ますます良し悪しの判別がし辛い。この辺りの地盤がしっかりしているからなのだろうが、シャルーアにとってはさらに困ってしまうだけ。



 そんな、馬車に一人乗る少女がキョロキョロしていたから目立ったのか、声をかけてくる者がいた―――それもすぐ隣から。



「よー、お嬢ちゃん。どうしたぃ、何か困りごとかい?」

 日に焼けた褐色肌―――だが、服の隙間から白い部分が見える。どうやら黄色系のようだが、がっつりと日焼けした肌のせいで一瞬、現地ルーツな者と見間違う。


 声をかけてきたその振舞い方や雰囲気は、ジャッカルやザムのような軽薄な類に分類されるタイプに思える。

 だが両者とは違って、何か内からにじみ出るようなズッシリとくる確かな芯を感じさせた。


 服装は軽装で簡素。はだけて見える胸板はがっしりしており、まくりあげた袖の下の腕も、肥大すぎない太さながらよく鍛えられいるといった、潜在的な力強さが漂っている。


 そんな男が、すぐ隣につけて並走させる馬車の御者台から声をかけてきていた。



「ええと、お安いお宿を探していたのですが、何分この町には初めて来たものでして、どのお宿がそうであるのか分からず―――……あの?」

 さすがのシャルーアも少し驚く。


 何せ男は、自分の馬車からひょいっとシャルーアの座っている隣へと軽々飛び移って来た。それだけならシャルーアは動じない。


 なんと、男が乗っていた馬車の御者台には他に誰もいない。当然、手綱はぶらぶらと下に垂れて揺れている。だが馬車を引く馬は、主がいなくてもキチンとシャルーアの馬車に並走し続けていた。


「あー、大丈夫大丈夫、心配はいらないよ。俺の相棒は賢くってね、手綱なんか取らなくったってちゃんとついてきてくれるから。それよりなるほどなるほど……ほー、へー、ふーん。……宿ね」

 間近でシャルーアを頭からつま先まで、あからさますぎる態度で男は眺める。


 次の瞬間、ポンッと手を打つとシャルーアから手綱をひったくり、彼女の肩を抱いてニッコリ笑顔を見せた。


「よーし、ならこのおにーさんに任せなさいカワイ子ちゃん。とびっきりの宿を紹介してやるから!」

 そういってパチッとウインクする仕草はヤンチャな子供っぽい。



 有無を言わさない感じだが、とくに嫌な感じはしないこの不思議な男に、シャルーアの馬車は町中をエスコートされていった。




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