第177話 太陽に近づくも触れることはなく



――――――某所



「手下が1匹やられていた? ……ああ、アイツか」

「姿を消すのが上手いヤツだな、確か。詳細は?」

「最後に仕事を与えたのはファルマズィ=ヴァ=ハール国内の中腹あたりで。例の、北方国境を乱す策の件で、魔物の大群をけしかけたところへと向かわせました」

「内から更にかき回すために、か?」

「はい。周辺各国が手をこまねいている今、この国にはまだまだ乱れが足りないと」

「確かにそうかもしれないが少し尚早だったのではないか? 我らの存在を意識されては動きが取りづらくなる……問題は?」

「起ってはいません。 “ 無下鬼 ” ムガキ は死ねば炭と化しますので。我らに通じる痕跡などは残らないかと」

「では、死亡は確認されたのだな?」

「砂漠の途上……位置は、ムカウーファ東南100kmいくかどうかといったところです。おそらくは与えた仕事に向かう途上であったかと」

「やったのは野の魔物か? あるいは軍隊にでも不意遭遇したか……どのみち、騒ぎになっていないのであればよい。所詮、手駒の1つが失われただけだからな」


 ローブを深く被った者達は、さほどこの件を気にとめることなく、集まりを解散する。





………―――フォン


「―――手駒の1つ、か。簡単に言ってくれるな」

 色浅い緑色のローブの男は、精神を引き戻した瞬間にため息をついた。


「(その手駒を得るのも一苦労だというのに、まったく “ 五鬼 ” はいつもこっちの苦労を考えてくれなさすぎだ)」

 そのやられた手駒も、なかなかに得難い能力の持ち主だったというのに。数少ない使える手駒の喪失は、彼個人にとっては頭の痛い問題だった。



「(そもそもオレがこの国に来たのも、バラギ様がしくじったからだぞ。上の・・尻拭いに来て自分の戦力を失ったってのに、もう少しくらいいたわって欲しいものだ)」

 バラギが手傷を負って一時、任地より遠のいたことで彼は別の地で活動していたのを中断し、この国へとやってきた。

 (※「第98話 慎重者は去れど頭は重し」参照)


 ファルマズィ=ヴァ=ハール北西の国境、エッシナの魔物の群れの件も、最初はバラギが隣国ケイル=スァ=イーグに働きかけ、仕掛けたはずだった。


 ところがこれはファルマズィ側の国境に詰めていた正規軍(正確にはリュッグ達)の働きで失敗。

 ファルマズィ側でケイル王国の工作員をはじめとした人間たちの流入などを手引きするなど、何かと細々としたことで協力した彼は、そのまま後を任されるハメとなった。

 自分の管轄になってからは、ケイル王国に頼らないで魔物の群れをより大規模化した後、再度ファルマズィへと仕向けた。とにかく国境を乱してファルマズィ1国を動揺させ、周辺国の動きの活性化を促す一助とするために。


「(本音を言えば、北の “ 御守り ” があったと思われる地域を蹂躙させてしまいたいところだが、“ 御守り ” の実態が今どうなっているんだかよく分からないからな……。藪をつついて蛇を出すわけにも……って、それもバラギ様の仕事じゃないかよっ。全部あの人の尻ぬぐいかいっ!)」

 上の者からの理不尽、下の者の悲哀。


 彼は深いため息と共にローブのフードを被り直し、それでも自分の仕事を真面目にこなそうと、移動し始めた。







――――――マサウラームの町。


「お父様、中央・・からは何と?」

 ルイファーンは、珍しく厳しい面持ちの父にたずねる。だが、ファルマズィ王宮―――すなわち王様からの手紙に視線を落としたまま動かない。


「北西の戦線はかんばしくないようだ。さらなる援軍の供出を求めてきた」

 そういうと父ジマルディーは、ルイファーンにも手紙を見せた。


 文面は丁寧で、どちらかといえば腰が低い。だが内容は、戦力を出して欲しい、というもの。

 既に2ヵ月近く前、町長のジマルディーは、この町だけでなく、マサウラーム近辺の町や村にも働きかけてそれなりの兵力を出したばかり。現状はどこの町も、治安を維持する最低限しか残ってない。

 人員補充のための募集も始めたばかりで、仮により早急な徴兵を行ったとしても、鎧を着た素人集団が少々出来上がるのがせいぜいだ。


「王様の苦悩は理解しますが……こちらはシャルーア様の捜索人員すら引き上げてまで送っていますのに。これ以上の難題に応える義理はありませんわ」

 ルイファーンは、行方不明より2カ月になろうとしている今も、まだシャルーア達が見つかったという報告が届かないことにやきもきしていた。


 自分は邪魔になると思って、大好きなリュッグの傍からその身を引いてまで自重しているというのに、中央のなお戦力を要求するという無能さが、とても腹立たしい。


 なので表情こそ淑女の微笑みをたたえてはいるものの、内心はかなりイライラしているのが伝わってきて、父ジマルディーは冷や汗ものだった。



「どのみち、出せるものがないからな。この件に関しては穏便に断るより他ないが、だからとてただ断るだけではいかん。王はともかく、周りの大臣どもは納得せんだろう……」

 問題はそこだ。


 王の気性や性格はよく知っている。彼ならばどんな窮地に立とうとも、他の者に無理を強要などしない。それは手紙の、腰の低い文面にもあらわれている。


 だが周りの大臣達は違う。かねてからの国内での魔物の活発化に、周辺諸国からの侵攻意欲の見え隠れする状態が続いているせいで、かなり過敏化しているようで、何かというと感情が先だつ状態にあるはずだ。


 ここでただ単に断れば、エスナ家を悪しざまに言い始める面倒な輩も出てくるに違いない。当主としてそれは勘弁したい展開だ。



「お母様は何と言ってきてますの?」

 ルイファーンの母、ジマルディーの妻は現在、王宮に務めている。


 表向きは、王家ゆかりの家の者として王の後宮にいる妃たちに指導する人物としてふさわしい家格と容姿を持っているから、という理由。


 しかし実際は、夫ジマルディーに王宮の実態や情報を送る直通ラインの窓口役だ。後宮に務めているので王様からも直接、彼女を通してジマルディーのところにその声が届く。


「王はかなり憔悴気味だそうだ。難問が山積している上に、具体的な光明がいまだ見えないようだからな。心中お察しすると同情してやりたいところではあるが、正直この状況は、この国が南北の “ 御守り ” に頼り切っていたことの裏返しであるとも私は思っている」

 父の言う通りだ。


 確かに南北にあった古よりの “ 御守り ” のおかげで、この国は平和で安泰な時代がずっと続いていた。

 だがそれゆえに、国難に対応する軍事力や国力の “ 地力 ” が育まれてこなかった。


 たかだか一つの町に、王が手紙をよこして助力を求めてくる事象を冷静に考えた時、その裏にあるこの国特有の事情は、かなり情けないと言わざるを得ない。




 最初にルイファーンはシャルーアの事を伝え、その有意義性を示して彼女を探すことに兵員を割いてもらうことを考えた。

 しかし今の父の一言で、それはどうなのかと思い始める。


 もし王様がシャルーアの事を知ったなら、きっと何を差し置いてでも彼女を探すことに全力を尽くしてくれるだろう。



 ……しかし、それではこの国はいつまでたっても強くなれないのではないか? そう思うと、まだシャルーアのことを軽率に王様や中央の人間に伝えるのはよろしくないのでは?




 ルイファーンは、最初に浮かんでいた己の意見を一度深く押し込め、次善策を考えはじめた。




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