第176話 子の精神を伸ばす活躍姿




 怪人、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達は強者である。まだ亡き父にはかなわずとも、この世の多くの生物に負けない強さがあった。




 しかしこの夜、彼らは学ぶ。


 巨躯の異形が左右真っ二つに分かれ、満月が見える夜空を背に “ 母 ” と呼び慕う褐色肌の少女が、瞳から炎のような輝きを盛らせ流しながら、剣を鞘におさめるその神秘的な光景に。


 ―――本当の強さとは、ただ肉体の能力や他をねじ伏せるというだけではなく、美しさすら伴うのだ、と。



『……』

『……す、ご、い』

『母よ、ああ、母よ』

『かかさまは、神』

『ママ、こんなに強かったなんて……』


 怪人達が軒並み感動する。


 そもそも彼らがシャルーアを ” 母 ” と慕うのは、父が彼女に夫婦の行為をしていたのを観察していたからだ―――あれが新しい・・・母親だと思ったことが、そう呼び慕う理由の根底にあった。


 結果、父は新しい母シャルーアに斬り裂かれて絶命したが、それは人間でいうところの痴話ゲンカで、父の自業自得の末だったのだろうと怪人の子らは思っていた。


 なので彼らの感覚としては “ 父を殺された ” ではなく “ 父が新しい母を怒らせた ” と解釈し、父亡き後は ” 母 ” を慕い従った。



 それでも彼らは、新しい母が自分達より遥かにか弱い存在であると理解していた。なので慕うにあたり、自分達がこの弱く儚い母を守らねばと思っていた。


 しかし―――この日の夜。彼らは思い知る。母は決して弱くはないのだと。

 とても美しい強さを持っている。そしてそんな母が誇らしい。




 知能が高いがゆえにいろいろと複雑な理由理屈をつけてはいても、結局はタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達は妖異である。魔物と呼ばれる生物である。


 根本のところの秩序の原理は結局、力の強さによる上下関係のことわりから離れることはできない。



「……あ。皆さん、起こしてしまいましたか? 申し訳ありません」

 いつもの “ 母 ” に戻った。ペコリンと謝りのお辞儀をする姿には、もう先ほどまでの迫力と神秘性は感じられない。


 タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達は学ぶ。これが真の強者の在り方なのだ。普段は優しく、力をひけらかさず、弱い―――だが、いざという時には強敵を屠るほどの強さを発揮するものなのだと。


 この夜を機に怪人達は変わり始める。単なる妖異ではなく、より人に近しい精神性を育み、理解していくようになる。



 それが妖異の世界においてどれだけ大きく重大な変化であるのか、契機となった当のシャルーアはまったく気づかない。

 夜の吹く風にいまさら寒さを思い出したかのように、小さなクシャミをしていた。









――――――砂漠遭難55日目、朝9:00頃。



「昨日の妖異の遺体は、消えてしまったようですね」

 シャルーアが倒した “ 巨大鬼 ” シャイターンの死骸は、黒いチリとなっていた。


 砂漠の砂の色と対照的で、よく目立ちはするが何てことはない。ただの炭と灰の塊だ。もはや生き物だった証は1ミリも残っていない。


『俺は、ハハに料理、したかった』

『おいしそうじゃなかったよ、ママーにはもっといいモノを食べてもらいたい』

『かかさま、寒くない? 大丈夫?』

『馬車、進める、かーさん、オアシス、みんな、帰る』

『ママはお休みしていてください。帰り道は俺たち頑張ります』


 彼らの態度が、ほんの僅かながら変わった気がする。以前は “ 母 ” と慕ってはいても、どこかまだ弱い存在として見くびられているような雰囲気があった。


 しかし今朝は違う。何というかこう “ 母 ” 以上の敬意が含まれてるようにシャルーアは感じた。



「……では、お言葉に甘えてゆっくりさせていただきましょうか」

 そう言うと、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達の顔がパァッと明るくなった気がする。

 シャルーア同様に喜怒哀楽に乏しい彼らだが、任せてもらえる事が嬉しいらしい。


 実際、シャルーアは昨晩の戦いのせいか、夜が明けた今も、強い疲労感を感じていたので、彼らのやる気は頼もしくて安心できる。


 馬車は静々と、大きなアクシデントもなくオアシスに向けて進んでいった。






――――――砂漠遭難58日目、夕17:00頃。


 オアシスに帰ってからのタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達は、目を見張るほどの成長ぶりを見せた。


 自ら狩りに行き、料理をし、洗濯をし、馬の世話をする。その手つきは怪人とは思えないほど丁寧であり、シャルーアが何か言わなくてもすべてを自発的に、意欲を持って行っていた。


『どう、この獲物は。一番でっかい、ママーも大喜びだ』

『俺、今日の獲物、あのウマい蛇。ハハに捧げる』


『かーさん、スープができた。味見最初、……みんな、内緒』


『むう……かかさまの、シワになるの良くないな。焚火で石、熱しとこう。後でのばす』


『馬、今日も遠出ご苦労さまだ。後で夕食持ってくるよ』




 彼らの様子を見ながらシャルーアは穏やかに微笑む。そして、そろそろこの生活も終わりが近づいていると感じていた。


「(……私はどうしましょう? まず町や村に出ると致しましても東と西、一体どちらに向かうのが良いのでしょうか?)」

 とりあえず傭兵ギルドの支部がある町なら連絡の依頼を出せるので、リュッグ達に自分の居場所を知らせることができる。




 時間はかかるがそれが一番確実だろうと思いつつ、シャルーアは今後について考える。

 タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の子供達の様子を眺めながら、穏やかな夕餉ゆうげ前の時間を、微笑みながら過ごしていた。




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