第175話 討鬼は偶然たる遭遇の末に




 ―――その “ 巨大鬼 ” シャイターンは、名をグワルキという。


 元は至って普通の人間であり、普通に生き、普通に暮らしていた。だが、ほんのちょっぴりの不幸と本人が内に隠していた強い我欲、そこに力を持った悪意ある者が接触したことで、グワルキの人生が終わると同時に鬼生・・が始まった。




 その扱いこそ下っ端であったが、グワルキは満足していた。


 人であった頃と比べてなんと素晴らしきかな。頭の中は冴えわたり、さほどの意識も必要なく命を詰み取れる剛力。世を闊歩する魔物などまるで虫のようにか弱く、人であった頃はなぜあんなモノを日々恐れていたのかと不思議にすら思う。


 絶対的な強者に仲間入りした自分は、あまりに素晴らしすぎて酔いしれてしまいそう。怪物のように変貌してしまったこの身体すらも誇らしい。

 しかも、その目立つ見た目のハンデを補うかのように、いつの間にか身に付いていた姿を消す術は、グワルキに更なる感動を与えてくれた。



 何という事だろう。これで私は完全無欠ではないか?



 そんな思い上がりを抱いたグワルキだが、彼は自制できる者だった。あるいはそんな自分よりも、より強大な存在を間近で・・・見ているからかもしれない。


 彼は自分の能力におごる事なく努力した。姿を消すだけでなく、消してなお、視覚以外で捉えられてしまうかもしれない気配の糸口を、垂らさない努力を続けた。



 結果―――何者も、彼を見つけられない。


 上司たち・・・・でさえも、今の自分の本気の隠透行動スニーキングを見破れないほどだ。

 そこまで極めたからこそグワルキは、下っ端でありながらその能力を信頼され、他の下っ端たちに比べて非常に多くの権限を与えられて、この世の強者としての自由を謳歌していた。



 そんな自分を見つけた者がいる――――――驚きや悔しさ以上に、強い興味。



 ハッキリいってしまえば、グワルキが通りがかったのはたまたまの偶然だった。だが馬車を発見した時、ちょうど小腹がすいたなと何気なく思って、馬車の積み荷に食料があるならばそれを拝借してやろう……などと軽く考えただけ。


 なのに自分の完璧に消した気配を察知した、目の前で剣を構える少女に興味が尽きない。





「……どれ、遊んでやろう」

 絶対的強者の余裕。道端で遭遇した野良犬の頭を撫でてやるような感覚で、ゆっくりとその大きな拳を振るう。


 ドズンッ……ザザァアッ!!


 だが、本人にとってはそーっとそーっとパンチしたつもりでも、砂漠の地面に小さなクレーターを作ってしまう。舞い上がった砂が、雨のように降り注ぐ。


 やれやれ、強者であるというのもなかなかに難儀なことだと自嘲するグワルキ。


 


 ……しかし、彼は大きなミスをいくつも犯していた。


 1つ目は馬車に近づいたことだ。構わず、近づかず、そのまま通り過ぎていればよかったのだ。馬車に……いや、彼女に近づいたことが彼にとって運の尽きだと言える。


 2つ目は、少女に対して交渉をすればよかったのだ。食糧があればくれないか、とシンプルに。

 たとえ嫌な感覚を覚えていようとも、相手はきちんと会話をすれば応じる類の人間だ。そうすれば平和的に何事もなく済み、彼は今後も絶頂たる鬼生を続けられたのだ。


 3つ目は、少女が構えた武器のことをグワルキが知らなかった不幸だ。もしこれが上位者たち・・・・・であったなら、一目で危機感を覚えただろう。

 “ ニホントウ ” という、この辺では見ない珍しい湾曲刀を単なるシミターの亜種程度にしか思わず、さして注目しなかったグワルキは警戒心が足りなさすぎた。


 そして4つ目……今、その初撃をフルパワーで繰り出さなかったのが、彼にとって最大の過ちとなる。




 シュランッ! シュラララッ!


「? なんだ、この音―――……は?」

 思わず間の抜けた声が出る。


 そして硬直してしまう。己の突き出した片腕を見たまま、信じられないと視線を定めたまだ、動かすことができない。


 右腕が、巨躯の “ 巨大鬼 ” シャイターンの大木すら細く見える自慢の巨椀が、螺旋状に斬り削がれている。薄皮一枚だけつながった輪切りのようにバラッと分割され、一拍おいてから赤くない血が噴き出した。



「……―――」

 シャルーアは息を吸う。吐く。

 彼女の髪の一部が炎の煌めきを寒い夜空に一欠けら舞い上がらせる。


 それは、幻覚ではない本物の炎。


 ただし触れたところで熱くもなければ燃えもしない。一部の生き物相手を除いては・・・・・・・・・・・


「ぐが、……な、あ、熱っ、痛っ、ぐがぁなああ!???」

 5秒か10秒か経過した後、猛烈にやってきた激痛と熱さ。グワルキは何が起こったのか理解できずに取り乱し、次に何をどうしていいのか分からなくなって軽くパニックを起こした。


「……―――」

 シャルーアの瞳が、ジャッカルを殺したタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人を斬り裂いた時とはまた違う輝きに満たされている。


 今回、彼女に起こった変化は、あのアイアオネ鉱山最深部での戦いの時と同じものだった。

 (※「第118話 目覚める天舞の刃」参照)




『柔らか~く柔らか~くのう、このシャルーアちゃんのオッパイと同じように―――』



「―――カルク、フルウ」

 マルサマの教えを再び思い出しながら、まるで何かに取りつかれているように軽やかに砂の上を舞う。


 グワルキが取り乱している間にも、シャルーアの刃は巨躯の鬼を斬り刻んでいく。


「ガハッ!? ぐおっ、な……こ、のっ、俺はっぁあっ、さ、さいきょおおのぉおおっ、こんな、ごふっ、こんなところでこんな、ちっぽけなっ、おんな、にぃっ」

 なりふり構わなくなったグワルキは、見た目相応の叫び声をあげた。


 そして、ようやく本気の力を左腕に込めて繰り出すも、すでに遅すぎる。





 タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の子供達がグワルキの咆哮に目を覚まして、反射的に馬車から飛び降りてくる。

 そこで目にしたのは―――



 サン……ゥッ!


 グワルキの巨体が、真中線に沿って綺麗に両断された瞬間であった。




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