第173話 怪人の子らは母を慕う
――――――砂漠遭難46日目、朝6:30頃。
ザッ、ザッ、ザッ……
砂の上をしっかりと踏みしめて歩く。彼らは両手に様々なモノを持っていた。
水を入れた壺。
獲ったばかりの食用可能な蛇。
様々な木の実を大量に詰め込んだ袋。
木の板っぱし。
比較的整った方形の石。
それ以外にも、実に様々な品々をそれぞれ持って、キチンと列を作って歩いていた。その目指す先には1台の馬車が止まっていた。
『ただいま、かえりました、
『ただいまかえった、
『もどりました、
『おれは、かえった、
『もどる、みんな、きた、
「おかえりなさい、皆さん」
そう言って出迎えるは褐色肌の美少女。母親と呼ばれるも彼らとはまったく似てはいない。
当然だ。少女は人間で、彼らは後に
・
・
・
ゴト、ゴトン……
比較的堅い土壌。地面の上に石を組むようにして並べる。1つ1つ丁寧に―――シャルーアが行うその行動を、身長1mほどしかない
「身近な人……仲間や家族が死んでしまいましたら、こうして埋葬するんです」
それはお墓の作り方。
シャルーアは彼らに、ジャッカルの
『おはか』
『コレ、が、お、はか』
『おれは、わかった。お墓、りかい』
『はか、はか。……とうちゃん……も、おはか?』
『ママ、もっと石と木を持ってこようか?』
子供とはいえ5体の
成体にはかなわないまでも、この時点ですでにアズドゥッハ4~5体と互角に渡り合えるだけの戦闘力を、彼ら1体1体がすでに有している。
そんな彼らが遥かに弱いシャルーアを母と呼び従う光景は、なんとも奇妙であった。
「いいえ。お父さんのお墓はあなた達5人で作ってください。それが正当な行いとお役目だと、私は思います」
成体以上に向学心旺盛で、自分達の知らない新しい事をシャルーアに教わるのがとても楽しいようだった。
何より不可思議なのは、父の死を悲しんでもいなければ恨みに思ってもいないこと。父親を殺したシャルーアに対する態度や呼び方を見ても、彼女に復讐心や敵対意識がないのは明らか。
むしろシャルーアを慕っているようですらある。
それが何かの真似によるものなのかどうかは分からない。だが誰かの真似にしては自然な自発的言動が多い。
どちらかといえば、これまで観察してきた人間の言葉や行動で学んだことを修得した上で、自分の意志と自我でもって考え、行動している風だった。
「では、お墓を作るのはこれでおしまいです。今日のお食事の準備に取り掛かりますので、お手伝いしてください」
『わかりました、かかさま』
『おれは、てつだう、はは』
『ままーのごはん、おいしいです』
『てつだう、みんな、かーさん、りょうり』
『ママ、今日はどんな料理を?』
見た目はほぼ5体とも同じながら、その話し方や行動には個性がある。
一番流暢に人の言葉を話すのがリーダー格のようで、移動の際には必ず彼が先頭を歩いている。
それぞれシャルーアの呼び方も異なるが、総じて ” 母 ” と呼ぶ事は共通している。
彼らから感じるのは、子が親に対する確かな敬念。そういう認識に至っているのは、あるいは彼らの父が馬車でシャルーアにしていた事を観察していたからなのかもしれない。
しかし、それだけでは “ 母 ” とまではならないだろう。何しろ彼らは父親を殺される瞬間を目の当たりにしているのだから、普通はシャルーアのことは “ 敵 ” であるはずだ。
むしろ彼らは、シャルーアのことを “ 母 ” と呼んでいるのは、それ以上の敬意ある呼び方が思いつかない、知らないから仕方なく ” 母 ” でとどめている―――そんな感じにも思えた。
「(とりあえず、もう人を襲わないよう、私でお教えできる限りのことを……)」
ともあれ、自分を " 母 ” と慕ってくれるというのなら、もう
その結果として現在、この珍妙な状況へと至っていた。
夕食の席。小さな怪人たちは、まるで人間のように丸太椅子に腰かけ、焚火を囲んでその独特な口で料理をほおばる。
「こうして、自分で食事を作ることができるようになれますと、もう誰かを襲ったりする必要もなくなります。みなさん仲良くしましょうね」
『はい、ママ』
『おれ、なかよくする、はは』
『ままーのいうとおり、する』
『かかさま、そのとおりおもう』
『りょうり、うまい、かーさん、みならう』
はたして本当に分かってくれているのか? ただこの場限りの返事でしかなく、今後も人を襲うのを止めない、あるいは止められないかもしれない。
何せ彼らは妖異だ。人とは違う生き物であり、理性のタガが簡単に外れ、教わったとおりの事が、生物的にできないかもしれない。
それでもシャルーアは、ただジャッカルを殺した、人間を害する妖異の一種と見なすよりかは、害しない存在へと導ける可能性を信じた。
……リュッグ達は心配しているだろうか?
しかしシャルーアはもう少しばかり今の生活を続けなくてはと、一種の使命感を感じながら、夜空の星を見上げた。
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