第170話 夢の終わりは綺麗ごとなき現実




 後に、その妖異はタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人と呼称されることになる。



 人と同じく四肢を持ち、全体的に薄黄緑じみた灰色で、常に前傾姿勢で両腕を前にダランと垂らし、軽く膝を曲げた態勢でいることが多い。



 一般的な人間よりも一回り大きく、身長は200cm~230cmほど。


 二の腕、胸筋、太ももなどの筋肉がとても発達しているのに、手先、足先、腰は細くて繊細。指は人よりも2間接多くて長く、人間以上に器用。


 体毛は短く、覆っている部分が限定的で、主に筋肉が発達していない部分を保護するように生えているが、カメレオンなどのように周辺の景色に溶け込むように変色するという特徴を持っており、その大柄さに似つかわしくないほど隠れ潜むのが得意。


 間接は恐ろしく柔軟で、その気になれば自分の体躯の5分の1ほどの狭い空間にも収まる事が出来る。


 犬などのように前に長い口をしているが、牙は口にはなく、喉の入り口近くに寝かせられている。

 クセなのか、タコの口のように変形させて前に伸ばすという奇妙な行為を取る事が多いが、これはのちに50cmほどもある自分の長い舌を手入れするためであることが、未来の学者の研究によって判明する。


 耳と思われる器官は見当たらないが、聴力が異常に高い。10km先で小石が砂の上に落ちた音でさえも聞き分け、映像化して自分の脳内で把握できる。


 その頭は客観的に見て、人がタイツを被った上から犬のマスクを付けてるかのような奇妙なもの。



 知能が極めて高く、好奇心と向学心が高い上に、基本は慎重で臆病。だが学びの末に充足感を得ると、慎重臆病から一転して、苛烈で激しい妖異の本性を表す。


 とにかく恐ろしいほどにタフ。一度の睡眠もとらずに1年は起き続けていられるほど。

 さらにその脚は最速で時速100kmにおよぶほど早く、たとえ訓練された早馬であっても逃げることは不可能。

 にも関わらず、たとえ全速力で駆けたとしても、足音が聞こえないほど静かというとんでもなさ。


 なぜか砂大流の地獄グランフロニューナの発生する場所やタイミングなどが分かるようで、特に移動させられる先がオアシスや食糧になるものが豊富なところの場合、人間がそこに留まる可能性が高いからか、必ず遠方から観察している。


 このことから以前は、この妖異が砂大流の地獄グランフロニューナを発生させている " 流砂の主 " なのではないかと言われていた。








―――砂漠遭難30日目、昼2:00頃。




「―――……う……ぐ……、な、んだ? ……なん、で……こんな、痛い……んだ??」

 身体がとにかく痛い。痛みの種類としては強烈な鈍痛だ、戦いで骨まで響くほどの打撃を受けた後のような痛みを感じながら、ジャッカルは目を覚ました。


 カラカラに乾いてる。暑いのか寒いのかもわからない。両手を動かすと砂を軽く握った。どうやら砂漠の上に仰向けで倒れていることを理解する。


「な、んで……俺は、ここ、に?」

 まだぐわんぐわんする意識と視界。少しずつ定まってきて、雲ひとつない空の青さを認識する。

 痛み以外の身体の感覚が徐々に戻って来た。すると、いの一番に、自分の身体の上にかかっている毛布に気付く。だがそのかかり方は、まるで適当に高いところから自分に向けて落としたような感じで5、6枚が重なっていた。


「(なんで砂漠の上に倒れてて、毛布がかけられ……?)」

 ハッとする。馬車はどこだと視線を動かす。

 するとすぐに視界内に馬車の荷台が見えた。顔のすぐ横に後部車輪があって、ジャッカルが斜め下から見上げる形だ。自分が倒れている場所はどうやら、馬車の左後ろあたりの地面の上だと把握した。


「(シャルーアちゃんは? ……馬車の中か??)」

 自分に一体何が起こって、こうなっているのか分からないが、とにかく彼女は無事なのか心配だ。

 ジャッカルはしきりに身体を動かそうとするも、鈍痛と凝り固まった間接が思うように動かさせてくれない。


 彼もまさか、自分が4日間も気を失っていたとは思わないだろう。その間、昼の暑さや夜の寒さで死ななかっただけ、ジャッカルは十分に幸運だったと言える。


 それでも彼は動けるだけ動いて、周囲を、馬車を観察した―――刹那


『―――っ』

 馬車の荷台から、息を押し殺すような声なき声が聞こえてくる。直後、馬車の荷台は上下に激しく揺れ動き始めた。


「なっ……!?」

 驚く。そしてさらに驚愕させられる、聞こえてくるその声に。


『ハァハァッ、シャルーア、愛してる。ハァハァ、シャルーア、俺の子を産んでくれっ』

 聞いた事があるはずだ。何せつい数日前の自分の台詞と全く同じ。声色も、完全ではないがジャッカルに似ている。



「(まさか、まさかっ!!?)」

 ジャッカルは立ち上がった。自分の女を取られて憤らない男はいない。

 その憤慨が気力となって、彼を立たせる。腰に咄嗟に使えるようにと差しておいた短めのシミターがあるのを手探りで確認すると、迷わずそれを抜いて、力を振り絞り、そして一息に馬車の荷台へと飛び込んだ。


「!! うおぉおおおっ!!」

 飛び込んできた光景は予想通りの最悪のもの。自分の声真似をしていた野郎は、荷台の空間になんとか収まるほど大きな怪物―――いや怪人とでも形容すべき妖異。


 ジャッカルは咆哮と共に迷わずシミターを怪人に振り下ろそうとした。しかし―――


「だ、ダメっ、ジャッカルさん!!!」

 怪人に組み伏せられてるシャルーアが、彼女には珍しい泣き叫ぶような声でジャッカルの行動を咎める。


 この時、ジャッカルが真に取るべき正しい行動とは、感情のままに荷台へと飛び込むことではなかった。

 自分の意識と身体の回復をしかと待ち、慎重に様子を探り、状況を理解した上で、己の無力を嘆きながらも勇気を振り絞って一人、街道に走り、助けを求めることが、彼にできる唯一の選択の正解だった。


 だが時すでに遅い。0.1秒後には、ジャッカルの身体は軽く振るった ” 流砂の主 ” の腕によって、あっけなく上下真っ二つに千切れ飛び、再び砂漠の上を転がった。


「(………ああ、そう、か……)」

 ジャッカルは、薄れゆく意識の中でにわかに理解した。


 何故、自分の身体の上に毛布が落とされていたのか? あれは、シャルーアがあの化け物の隙をぬって、夜に凍えてしまわないようにと懸命に気遣ってくれた結果だったのだ。

 ジャッカルは把握する。自分が気を失ってから、最低でも1日以上が経過していたのだ。

 そしてその間、あの化け物は自分の真似をしながらずっと彼女を―――



「(……へ、何が " 俺が守る " だよ。カッコ悪いぜジャッカル……、俺の方が守られちゃってんじゃあねぇか……情けねぇ。それどころか、目の前でトラウマもんの死様まで見せちまって、とことんカッコ悪いな、俺はよ……)」

 色にボケすぎた報いだとジャッカルは思った。


 もし彼が、1カ月前の彼のままだったならば、何となく雰囲気を察する特技が生きて、慎重に現実的に行動と判断ができていたはずだ。

 そうすれば自分は死なずに済んで、彼女も化け物に穢されたとはいえ、一緒に生還してそれこそ伴侶になって幸せのパートナーとして生きていけたかもしれないのに。


「(自分を見失った結果……か。っへ……人間、身の丈にあわねぇことしちまったら結末は、致命傷……ってか……、……ちく、……しょ、う……―――)」

 そして、ジャッカルの意識は完全に途絶えた。


 無情。だがそれもまた、現実。


 感情的に悪者に斬りかかったところで、現実はヒーローのようにはいかない。これこそがまごう事なきリアルなのだ。男は死に、女は助からない。



 だが、そのことを身をもって学んだ時には既に、彼の魂はこの世にはなく、後には無惨な死体だけが残るのみだった。




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