第169話 妖しき大流砂の主



 流砂は、地盤や地面の浅い部分が崩れて出来た穴や空間に砂が落ちていくことで、地表に砂の流れが出来ることで起こる。

 地面の下に大きな空洞があったり、地震などで岩盤に動きが生じて隙間ができたりと、様々な原因で崩壊した地面の中へと砂が飲まれていく現象。


「自然発生するのを除けば、他にもアリ地獄なんかが有名だが、妖異の中にもそういう流砂を作っては獲物を引っかけるタイプのヤツはちょくちょくいるわけでよ」

「なんだ急に? んなこと誰でも知ってるだろー」




 とある町のとある酒場。

 男性客2人が酒の肴に、とある話題で雑談をかわしていた。


「ああ。誰でも知ってるわな。じゃあよ、俺らみたいなペーペーな傭兵でも聞いたことある、砂大流の地獄グランフロニューナが流砂だって話は知ってるか?」

「ああん? あの神隠しするヨーイがか? ……んなバカな。だってよ、アレに遭ったって奴は移動先は砂漠の上だったんだろ? 地中に沈められてたってんならともかく、地表をただ遠くまで流し移動させる流砂なんて聞いたことないぜ、それも何十キロ、何百キロと先によーお?」

 相棒の男は小バカにするように笑い飛ばしながら酒をかっくらった。


「それがよ、どうも " 蟻地獄方式 " だっていう話があるらしいぜ」

「あん、どういうこった?」

「よーするにだ、砂大流の地獄グランフロニューナが連れてった先っつーのは本当は、ヨーイが獲物を待ち構えてるような場所だって言う学者がいるんだと」

「それこそおかしいだろ。遭遇して帰ってきたヤツの話じゃあ、移動先は安全だっていうじゃあないか」

 意味がわからないと怪訝に睨む相棒に、男はまぁまぁと宥めながら話を続けた。


「そう、安全。そんでやたらと周りはなーんにもないっつー話。けどよ? なんでかしらねーが、移動した先の近くにゃ、必ず “ オアシス ” だったり “ 食えるもの ” があるとも言うぜ。もしどこまでもなーんにも見当たらねぇ砂漠のど真ん中にいきなり移動してよ? そこにオアシスがあったとしてだ、しかもヨーイの危険がねぇとしたら……お前ならまずどーするよ?」

 問われた相棒はうーんと少し考えてから答えた。


「そりゃあ、オアシスに留まって、とりあえずは生を繋ぐこと優先だわなぁ?」

「だろ? けどさ、どうもそれ自体が罠だっつー話らしいんだ。そこに留まった獲物を “ 流砂の主 ” が見てるんだとよ」

「あん、なんだ " 流砂の主 " って?」



「昔は砂大流の地獄グランフロニューナをソイツが引き起こしてるって言われてたヨーイさ。実際はまったく関係ねぇってのがもう分かってるらしいが。でもその “ 流砂の主 ” は砂大流の地獄グランフロニューナに移動させられてきたヤツを観察するんだと。んでもって、オアシスに長くとどまってたりしてっとだ、その " 流砂の主 " が、獲物が完全に安心しきったと判断して、食いにきちまうんだとか」

 怪談めいた雰囲気でのたまう彼に、相棒の男はバカバカしいと一笑に付した。


「なーに言ってやがる。そいつに喰わるっつーなら砂大流の地獄グランフロニューナから生還したヤツは一人もいないはずだろ? ちゃんと生きて帰ってきてるじゃないか」

「……それ、全員だと思うか?」

「何、どういうこった??」

「どうも砂大流の地獄グランフロニューナはよ? 確かに生還者からの体験談やら情報から存在が分かってるわけだが、どうやらその生還者っつーのが、不思議なことに全員、二週間以内に・・・・・・連れ去られた先から移動して、町やら村やらを探し出してるんだってよ」

 相棒の男は一瞬考え、そしてまさかと思って聞いた。


「待て。っつーことはだ、もしも二週間以上その場にとどまってたヤツは……」

「ああ、その " 流砂の主 " に喰われちまって帰って来られなかった。学者連中はそう仮説を立ててるらしいぜ」

「んだよ、仮説かよ! じゃ、ホントのとこなんてわかんねーじゃねーかよ」

 相棒の男が真面目に聞いて損したと言わんばかりに椅子に背中をあずけてのけ反った。


「はっはっは。まあそもそもだ、砂大流の地獄グランフロニューナ自体に遭遇することがまずねーし。酒のつまみの与太話にしちゃ悪かなかったろ?」

「そうかもしんねーけどさー……もっと面白い話はないのかよー、実になる意味でよー。ここんとこ収入やべーんだぜ? 割のいい依頼も全然ねーし、そっちで悪くない話が聞きたかったぜ俺は」


 男達が馬鹿笑いしながら酒をかっくらう。何てことのないどこかの町のどこかの酒場の一幕。


 しかし彼らは知らない。

 まさしくその与太話が、真実に迫ったものであるということ………








―――砂漠遭難26日目、朝10:00頃。


 シャルーア達の馬車が動きだす。先行きは明るいと油断しているのか、随分と行動の遅い朝だ。



『……』

 ソレ・・も動き出した。ずっと観察していたソレは、はるか5kmも離れていながら、その距離をピッタリと維持するように馬車を追いかける。


 砂を踏みしめる音はしない。しかし2本の足で確実に砂漠の上を疾走している。


『……、HAA、HAA、AI、SHITERU、SYA、SHA? SYATU、SYARU、UUUAAUHH……、HAAA、HAAA、ハー、はー? Aい、アイ? あい、Sいてル、SA、シャ? …シャ、RUU、アー??』

 疾走しながらソレ・・は、観察で得たばかりの言葉を何度も何度もつぶやいて、まるで学ぶように繰り返し発声し続けた。


 そしてやがて……


『ハァー、ハァ、ハァ、あい、あしして……愛して、愛してる。あ・い、してる……しゃる、さる、しる……しゃ、シャルーウあ、シャーラア、シャルーア。あ、あ―――ハァッ、ハァッ、愛してる、シャルーア、愛してる、シャルーア!』

 それは昨晩のジャッカルのささやき。シャルーアを抱きながら何度も何度も耳元にささやいた愛の言葉。


 ソレは、何も今日だけではない。これまでもずっと観察の中で得た言葉をすべて覚えている。

 そして再現するかのように呟き、正確な言葉へとたどり着き、覚えていた。



『ハァッハァッハァッ、愛してるシャルーア。ハァッハァッハァッ、愛してるシャルーア!』


 その妖異は走りながらも、まるで自分の叫び声のようにはっきりと繰り返しだす。口調やイントネーションは、たどたどしく無理矢理ひねり出した獣のような声から、流暢かつ人の発する声そのものへと変わった。



 そして走る。しかもこれまでは決して5km以内に近づかなかったその距離を、4km、3km、2kmとドンドン縮めていく。

 ソレは狩りに入ったのだ。観察の果てに完全にシャルーア達を獲物として認識していた。



 その妖異 ” 流砂の主 ” はこの1カ月間、一睡もすることなくその高い記憶力を持って二人を余すことなく観察してきた。

 好奇心が高くかつ慎重で、人間の真似をして・・・・・・・学ぶことを楽しむかのような特徴を持っている。


 ソレは砂大流の地獄グランフロニューナで流れてきた人間を、いつも観察していた。

 最初は、好奇心と向学心が勝るので人間達に手出しはしない。遠くから彼らをひたすら観察し続けるだけ。


 だが……それも" 流砂の主 " の好奇と学びの欲が十分に満たされるまでのこと。そうなるまでが、およそ二週間。

 そのあと " 流砂の主 " は、実行したくなる・・・・・・・。そして野生の本能が激しく強まってしまう。


 普段は絶対に縄張りから出ない " 流砂の主 " は、人間への認識を観察対象から獲物へと変えてしまうことで、縄張りの外へ出ても追っていくようになる。

 そのスピードはいかなる人間もかなわない。その体力は鍛えられた兵士たち100人に相当する。その気になれば1年もの間、1秒の睡眠もとらないで活動し続けられる。

 加えて、そのタフさとスピードからは考えられないほど静かであり、非常に高い知能を持っている。

 妖異としての脅威度たるや、いまだこの妖異が確認されていない・・・・・・・・ことから、極めて高いと言えよう。



 シャルーアとジャッカルは、行動を起こすのが遅すぎた。

 そして音もなく簡単に追いついた " 流砂の主 " は、すぐさま馬車へと飛び掛かった。




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