第146話 トリプレット・スナイパー
……―――ズダァァンッ!
「!! お姉ちゃん!」
「銃声、遠い……けど、大きい……」
「だね、初期型マッチロックの古いけど威力高くて重いヤツ。それに今の感じって」
「ん。誰か、撃たれた」
ムーとナーが真剣な表情で後方を睨みながらそう話す。
「こんなにも距離が離れているのに、そこまで分かるものなのかしら?」
ルイファーンが目をパチクリしながら、当の本人たちではなくリュッグに問いかけた。
「いや、あの二人くらいなものだと……銃声の違いとか銃弾が命中したとかは、普通はこの距離じゃあ分かりません」
そうこう言ってるうちに、ムーとナーが自分の愛銃を持って馬車から飛び降りる。それとほぼ同時に銃身を展開。射撃態勢を取るというよりは、照準をつけるためのスコープを利用して、敵の狙撃手を探しだそうとする行動だ。
その間、リュッグは護衛の私兵達に簡単に周囲を警戒するよう伝え、自分もルイファーンの護衛を第一として周辺の気配を探らんと意識のアンテナを張った。
リュッグ達の馬車は、後続が賊に襲われたことで見えるか見えないかくらいまで距離を離した上で停車している。見渡しが良いので直接的な襲撃には十分に対応可能だが、実際に敵がこちらに来る、もしくは魔物などの出現には注意しておかなくてはならない。
「リーファさん、荷台へ移って身を低くしてください」
「え? は、はい……わ、わかりました」
リュッグが極めて真剣な表情をしながら遠くに視線を向けている。
本気の警戒を感じ取り、ルイファーンも素直に言う通り馬車の荷台へと移り、体育座りよろしく積み荷の箱の一部に背中をあずけてやや頭を低く下げるように座った。
「護衛の皆さん、なるべく鎧の装甲ある部分を外周に向けて構えてください。こちらに狙撃が来ないとも限らない」
「わかった」「おうっ」「なるほどな、了解だっ」
私兵達もいい緊張感と士気を保っている。金で雇われている者とはいえ、ルイファーンのところの私兵らは、なかなかに気合いが入っていた。
「見えた。……さっき、撃たれたの……護衛の、一人……っぽい」
「
つまり敵の狙撃手は、後方のシャルーア達の位置からさらに1500m近く後方にいるということ。
「……
「だよね、あの発砲音はメチャ
「見えてる。……ゴーウゴ、撃たれる……気で、暴れてる」
「わざと撃たせて危険覚悟で相手の位置特定する気だねー。どーするお姉ちゃん?」
さすがのムーとナーでも、この距離で今から敵の狙撃手を正確に撃ち貫くには間に合わない。確実に敵の銃弾の方が早く、ゴウの巨体を貫くだろう。
「……リュッグ。周囲、頼む」
「ああ、そっちは敵に集中してくれ」
一度、長距離狙撃態勢に入ったらすぐには動けなくなる。ムーはリュッグの答えを待ってから、静かに愛銃を展開しはじめた。
ジャキッ! ガチャッ、ジャコンッ、ガシャ、ガシャンッ!!
けたたましいほどの機械音を鳴らしているというのに、まるで長年の伝統を持つ武術の型のように滑らかで静かな動作。
「ナー……
「オッケー。ゴウッちーにはちょーっと痛いの我慢してもらおうっ」
展開したムーの愛銃は、どこにしまっていたのかただでさえ長い銃身がさらに長く伸びている―――完全に超長距離狙撃向けの、
そこから受ける迫力に、私兵達はおろかルイファーンまでもゴクリと思わず生唾を飲んだ。一方で……
ガシャコッ、ジャキン!
ナーの方はいつも通りだ。それでも魔改造されまくっている銃の迫力に、一般的なマッチロック式銃にはない頼もしさを感じる。
「コンマ遅れ。……
ナーが照準を付けたのを待ってから、ムーは呟き、同時に発砲する。
ズダァンッ! ―――遠く
バスッ! ―――――手元
タァン! ―――すぐ近く
それぞれの音の誤差は0.1秒レベル。
まず着弾したのは、最も狙いまでの距離が短いナーの撃った銃弾だ。
次に着弾したのは敵の狙撃手の弾。身を捻ったゴウの肌の薄皮一枚をかすめて、馬車の車輪近くの地面にこぶし大の穴を掘った。
そしてムーの放った弾丸。
発砲音が一番小さく、しかし真っすぐに飛んでゆく精密な弾道。
一番長い距離を飛行する弾丸は、空気抵抗や風の影響を受けるために完璧に真っすぐ飛ぶことができない。
だがムーの直感で最適解となる弾道を導きだした上で送り出された銃弾は、まるで見えない手に導かれるように飛んでいく。
発砲から着弾までおよそ2.25秒。敵の狙撃手が、自分の射撃弾が外れた際の反応すら予測した上での狙い一点にムーの弾丸は見事、寸分違わず突き刺さった。
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