第145話 撃つ者は味方だけにあらず




 たとえ魔物が頻出する危険な情勢下であっても、日々のメシの種が欲しい賊は、そんな危険を承知の上で襲い掛かってくる。




「全周囲を警戒しろ! 敵は多くない、落ち着けっ」

 ルイファーンの護衛をつとめる私兵達10名は、シャルーアが操る馬車を中心に、5m間隔で囲うように配置についた。


「馬車の距離間にも注意したほうがいいな。離れすぎるのは危険だ」

 ゴウが先行していったリュッグ達の馬車の位置を確認する。


 出現した賊は、どうやら後方の豪華な馬車を襲うことに決めたらしい。おかげでルイファーンの乗るリュッグ達の馬車はシャルーア達から大きく離れ、300mほど先へと進み、賊徒が追いかけるには厳しい距離を開けることができた。




「全部で20~30人といったところか、なるほどな」

 頭数だけでいえば馬車2台とも狙えなくはない賊。だが1台に狙いを絞ったのは、私兵がそれぞれに10人ずつ護衛についているからだろうと、ゴウは推測した。


 基本的に雇われ者の私兵の実力は国家の正規軍の兵に劣る。とはいえ、確かな武具で装備した人間を相手にするのだから侮れたものではない。

 対して賊側は、20数名と人数こそいるものの個々の装備はバラバラで、満足な装甲ある防具もなければ、手にしているシミターや槍は使い古したボロばかり。


 確実に得るモノ得ようと思ったら、二兎追うよりも一兎に全戦力を集中する方がいいに決まっている。



「うぉぉーーー、かかれかかれぇ!! 馬車と馬、あと女は傷つけんじゃねぇぞっ。野郎だけぶっ殺して、後は全部いただくんだっ!!!」

「「「おぉおおおおッ!!」」」

 下卑な掛け声と共に、街道からやや離れた砂丘の上から一気に駆けてくる賊たち。


 相手は全員徒歩。馬車だけなら飛ばせば振り切れる敵だが、こちらも徒歩者がいる以上、その選択はない。何より―――


「たまにはこういう荒事もこなさねばな。……シャルーアさん、貴女あなたはこのゴウがしかとお守りします、ご安心を!」

 ―――いいところを見せる絶好の機会。


 ゴウは、マーラゴウグゥ将軍たる本来の自分の、軍人としての意識を深め、迫る賊徒に対して、槍1本だけを持って率先して立ち向かっていった。


  ・


  ・


  ・


 ワー、ワーッ!

 ガキンッ、キィンッ、カンッ、ギィンッ!


 ゴウの初動で一気に4、5人が蹴散らされたとはいえ、賊徒も必死。


 このところの野の魔物の活性化のせいで彼らも仕事がやりづらくなり、獲物に事欠く日々だっただけに、簡単にはあきらめない。

 その両目は血走っていて、ゴウや私兵達相手に一歩も引きさがろうとはしなかった。


「オルァアッ!! さっさとくたばりやがれやぁ!」

「品のない賊が、遅れをとるものかっ」

 ルイファーンの私兵達もなかなかのもので、数で劣っているにも関わらず踏ん張っている。


 おかげでいまだ一度も防衛を抜かれることなく、戦闘が始まって20分ほどの間、馬車とその御者台にいるシャルーアは、まったく脅かされずにいた。



「フンッ! せいっ! ハァッ!!」

 同時3人相手にゴウは、巨漢の彼からすれば短く見える槍を振り回す。


「ぐはっ!? このデクの棒野郎がっ」

「ちい、なんて奴だ! こいつっ」

「焦るなっ、数を活かすように動けお前らっ……ちぃ、危ねぇ!」

 大きな動きがなくなり、誰もが慎重に攻守を行って押し引きする戦況になってからは、さすがのゴウも容易く敵を屠れない。

 だが、まるで危なげなく多勢をあしらい、私兵達だけでは及ばないところを完璧にカバーして見せていた。



「すごい、何者なのだ彼は?」

「ただ者じゃあないな、あの強さっ」

「頼もしいね、へへっ」

 ゴウの戦いぶりで、私兵達も士気が上がる。だが……




  ズダァアンッッ!!! ―――ドチュンッ!



「がっ……!」

「!?」「!!」「なっ」「銃!?」「どこからだっ?!」


 1発の銃声。しかしムーとナーではない。

 撃たれたのは私兵の一人だった。


「ハヌラトムさんっ!!」

 シャルーアが叫ぶ。その名に私兵達がハッとした。


 お出かけ中、ルイファーンの執事仕事を兼任している護衛の私兵の一人であり、過去にシャルーアの父アッシアドと面識ある中年男性。護衛の私兵たちをはじめ、従者たちの代表格たる者。

 

 その人物がゆっくりと砂漠の街道上へと倒れ伏す。流る血が固められた砂の上に少しだけ広がった。


 銃声に驚いた馬たちが怯えて暴れるのを何とかなだめると、シャルーアは御者台から飛び降りて倒れた彼に駆け寄った。



「ぐ……私の、ことは……いい、ですから……、シャルーアお嬢さん・・・・……馬車の影に、お隠れ、を………ゴフッ、ゴホッゴホッ!」

 何とか急所は外れているが出血がかなり多い。すぐに応急なりとも処置する必要がある。

 だが銃を撃った敵が健在な今、この場でどうこうする事はできない。



「おのれいっ、貴様ら! はぁぁあっ!!!」


 ドガッ!


「ながっ!?」


 ズシュッ!


「ごはっ」


 ドスッ!!


「げぼっ!」


 ゴウが奮起して3人を一息に始末。そしてシャルーア達の一番近くにいる私兵のところに駆け寄り、彼が相手していた2人を蹴飛ばした。



「ここは引き受ける! シャルーアさんを手伝い、負傷者を馬車の裏へと運べっ」

「わ、わかりました!! 頼みます!」

 敵が次弾を撃ってくる前になるべく数を減らし、時間を稼ぐ。



 ハヌラトムが撃たれたのは、彼が私兵達に指示を飛ばす隊長格だったからだ。基本中の基本だが、狙撃する対象として相手の中核を担っている者を狙うのは正しい。

 それが倒れた今、この中で次に狙われるとしたら鎧を身に着けておらず、しかしもっとも手強い上に、全員の中で一番的の大きいゴウだ。


「(さあ、狙ってくるがいい!)」

 なのでワザと派手に暴れて見せる。


 その上で注意深く周囲遠方を伺う。射撃時の火種や火薬の爆発する一瞬の発光、上がる煙などから狙撃手の位置を特定するためだ。



「(先ほどの発砲音、リュッグ殿達にも聞こえたはず。あちらには銃姉妹がいる、時間を稼ぎさえすれば……)」

 ムーとナーであれば狙撃手を逆狙撃できるだろう。二人の腕と知識のほどは、ここまでの旅で十分に分かっている。



 ……そして、眉間にシワを寄せて銃弾をあえて受けることを密かに覚悟しつつ暴れているゴウの姿を、遠距離狙撃用のスコープが補足した。




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