静女と勢女

第141話 嫌々仕事のご指名



「マサウラーム、ですか?」

「ああ、ここジューバから南に120kmほどのところにある町だ。サッファーレイ経由で向かう」

 リュッグがジューバのギルド支部で得た次の仕事は、要人の送迎だった。



 ……しかしどちらかといえば、ギルドから押し付けられたに等しく、移動ルートを口にしながらも、リュッグは少し気が乗らなさそうにしている。


「その要人とはどのような人物なのだ? この情勢下でそれほどの長距離移動を必要とするとは、ただ者ではあるまい」

 そう問うゴウに返ってきたのは、首を横に振っての否定。そこが今回の仕事における面倒な点だった。


「対象は今、サッファーレイにいる。まず迎えにいかなくちゃいけない。ただ、どうもその要人というのが、マサウラーム町長の御息女らしくてね……はぁ」

 リュッグは、いまだ何もしないうちから疲労感をあらわにする。


「問題ある人物か? なら断ればいいではないか、昨今の状況下ならばいくらでも言い訳はたつだろうに」

「……ご指名・・・?」

 断れない理由を言い当てたムーの一言に、リュッグはさらに深いため息でもって肯定の意を示した。


「ああ。サッファーレイはただでさえオアシスの集落みたいなところだ。現地の人間は、ほとんどが普通の旅人で戦える者は少なく、他の傭兵ギルドにヘルプを頼んで傭兵を向かわせる、ってのはよくある事なんだが……」

「今回の護衛対象はリュッグの苦手な相手、っと。でもでも、” 指名 ” じゃ仕方ないんじゃないー? ってか、よくリュッグが今、ジューバ近辺にいるって分かったねー」

 ナーは気楽に言うが、その ” 指名 ” というのが厄介だった。


 傭兵個人を名指しで指名して依頼を持ち込むケースはある。その場合、ギルドには通常よりも多額の依頼料が払われるのだが、通常はいつつかまるとも分らない相手に出す依頼は、期限が急ではないようなものがほとんど。


 護衛のように、ある程度すぐにお願いしたいような内容で指名するのは、自由度の高い傭兵の世界ではほとんどない。


 だが、今回のケースでは依頼料が多額であることを逆手にとってこられたのだ。


「マサウラームの町長は、依頼料を積み重ねた・・・・・。なもんで、ギルドも俺への指名を通さないといけなくなった……って感じらしい。傭兵ギルド支部間で直近の俺のこなした依頼の情報を共有したようだ、まったく」

 ジューバのパン支部長はしきりに頭を下げていたが、完全に傭兵プライバシーの侵害だ。金の圧力に屈したと言い換えてもいい。


「避けられないのだろう? 嫌な仕事ならば、さっさと終わらせればいい」

「ゴー、正論……行こう」

「? ゴウさんもムーとナーも、いいのか付き合ってもらって? " 指名 " 仕事の報酬は3人には入らないぞ?」

 何より3人とも、自分リュッグ達にいつまでも付き合っていていいのかとリュッグは戸惑う。


 ムーとナーは普段、アイアオネを拠点にして縄張り的に傭兵稼業をしているし、ゴウは目的不明ながら自分の用事は何かしらあるだろうに。


「何、今回は割と自由でな。それに昨今の魔物の件もあって一人で移動は厳しい……同行させてもらえるならば、こちらも助かるのだ」

「私達もだよねー、お姉ちゃん。アイアオネ近辺の仕事、最近はあんまいいのないし、かといって他で私たち向きな仕事探すのも大変だからー」

「……持ちつ、持たれつ……」

 グッと親指たててくるムー。

 彼らは彼らで、リュッグ達と行動を一緒にすることにそれぞれメリットがあった。






 結果、リュッグ達は準備を整えて5人でジューバの町を出発。一路、サッファーレイに向けて移動を開始した。


「シャルーア、馬車の手綱の取り方は気持ちゆるくでいい。急ぐ必要はないからな」

「はい、わかりました」

 今回も、馬車の荷台にムーとナー、歩きにゴウとリュッグ、御者台にシャルーアでスタートし、ローテーションで進む。


「けどさー、その依頼人の町長さんもずいぶんのんびりだよねー。要人警護って要するに、娘さんのお迎えってことでしょー?」

 ナーの言う通りだ。

 魔物が活発になっている世の中で、他の町に出向いている娘の迎えをよこすのに、いつ来るかもわからない傭兵に白羽の矢を立てるというのは、かなり呑気だ。

 普通ならば、個人で雇っている私兵なりを向かわせるだろう。というか、その娘にもそもそも護衛の私兵がついているはずだ。


「確かにな、その町長とやらは奔放な御仁か?」

「いや、マサウラームの町長はかなりできた人柄だ。ただ……娘に途方もなく甘いというか、頭が上がらないというか……まぁ親の威厳がゼロな人物には違いないが」

 優秀な人物、なれど子供の事になるとポンコツ。


 少なくともマサウラーム町長に対しては、リュッグはそんな悪い気を覚えることはない。その娘の方に問題が集中してるからだ。

 娘の手綱をキチンと取って欲しいと、恨み言の一つくらい言いたい相手ではあるが、町長自体は悪い人間ではない。


「……その娘、サッファーレイ、何の用?」

 ムーが首を傾げる。

 娘に甘々な親は子煩悩で、道中治安が不安な時にそう近くもない町へ行かせるのは、よほどの用事があるのかと思う。


 だが、リュッグの答えは至極あっさりとしたものだった。


「……水浴び、だろうな」

「ん?」「ほへ?」「……?」「? オアシスで、でしょうか??」

 4人がそれぞれ異なる反応を見せる。リュッグは心底呆れる話だがと言わんばかりに薄笑いを浮かべた。


「サッファーレイのオアシスの水は綺麗でな、飲料用だけじゃなく昔から祭事なんかで身を清めるのにも使われた事もあるんだ。もっとも今じゃ、綺麗な水だからそれで身体を洗えば美人になる、的な観光用のフレーズを鵜呑みにした一部の道楽者しかやらないが、確かマサウラーム町長名義で豪勢なテントが常設されていたはずだ」

 つまり、こんな危険なご時世にマサウラーム町長の息女は、遠く離れた別荘に水浴び目的で滞在しているということだ。


 ムーとナー、そしてゴウは、リュッグが最初から疲労感をにじませてる理由を何となく察する。


 しかしシャルーアは特に思う所はないようで、オアシスの別荘なんて素敵ですねーと、呑気なことを言いながら馬の手綱をとっていた。




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