第139話 料理風景に罠を隠して




 警戒しているヨゥイを倒すのに、もっとも大変なのは気付かれないように動くことだ。



 いくら周囲に大小さまざまな岩壁ある地形でも、五感を研ぎ澄ましているヨゥイは、隠れている気配にも気づく。


 なのでリュッグ達は、まずはその鋭い五感を鈍らせるかあざむく必要があった。





『……グフ? ……?? グブブ……グブ~??』

 何かがおかしい。けど、何がおかしいのか分からない。


 デミグリレイが観察しているリュッグ達に妙な動きは見られない。だが、妙な感じがして自分の周囲を見回す。だが、何も変わったことはない。


『グフゥ……? グブブ、グフ……??』

 あの人間達のテントの前には今、2人が火を囲みながら鍋を火にかけて・・・・・・・久しい。

 美味そうな匂いが漂ってくる―――だがデミグリレイはそれを、自分を引き寄せようとする罠だと思って、かたくなに陣取る岩の上から動かなかった。


 すでに罠にかけられているとも気付かずに。





 ……ズダダァンッ!!!



『グブァ!!? ……グ、グフ……??』

 何が起こった?? 最初、デミグリレイは自分の身に起こった事が理解できなかった。

 背後から大きな音。即座に熱い感覚が背中と頭に広がって、そして……痛い!


『グフゥウッ!!? グッ、ウッ……、……???』

 急激な激痛で思わず立ち上がった刹那、景色がぐらりと揺れる。右に左に、揺れ動いて定まらない。そのうち一回転しそうなほどの激しい揺れだ。


『グフ……ゥ、ゥ~……フッグ……クフッ……ゥ??』

 思わず抱えていたムーを落とす。そして両手で頭を抑え、1歩、2歩とおぼつかない足取りで歩く。


 そして、音のした方向―――自分の後方を何とか振り返った。と、同時に



 ダダァンッ!!


 再度、音が鳴って今度は左胸と腹の間と、右肩が熱くなった。そしてやはり激痛が走る。



『グファッ、フーッ、フグッ、フグウウウッ!!』

 今度は痛みに悶絶し、その場で腰を落としてしまう。両手で肩と腹の、痛みの位置をそれぞれ抑えるも、痛みが消えない。


 ハッとして捕らえた人間を見た。動いてなく、逃げようとする素振りもない。ホっとするデミグリレイ。

 しかしそれもつかの間。



 ズドダァンッ!



 またあの音。そして今度は―――


『フグァアアッ!!!! グフックフゥウウッ!!!!』


 ―――両脚。


 痛い痛い痛い痛い痛い!!


 立ち上がることも困難なほどの痛み。何が起こっているのかよくわからないが、ハッキリしているのは夜が明けた後、決めていた逃走方向から・・・・・・、攻撃されているということ。



  ・


  ・

 

  ・


 その頃リュッグ達は、デミグリレイのいる岩の下にまで来ていた。ゴウならばもう腕を伸ばして登りきれば、すぐに戦闘に入れる位置だ。


「今ので3発目。ではゴウさん、打ち合わせ通りに」

「任された、では一番槍参る!!」

 勢いよくテーブル岩の上へとあがったゴウ。目の前には痛みに悶絶するデミグリレイと、ムーが転がっている。


「ぬううん!!!」

『!!』


 ドガッ!! ……ッグググ


 さすがにデミグリレイ。激痛に苦しみながらも、ゴウの奇襲に間一髪で気付き、振り下ろしてきた鋼鉄棒アイアンポールを受け止める。


「ほう、さすがの力だ。しかし手負いではそれが限界か!?」

『!? ……グッ、フッ……ブゥ!』

 身体6か所の弾痕が痛むせいで本来のパワーが出せない。それでもゴウとの力のせめぎ合いはほぼ5分5分。


「ぬぅうううう!!」

『フッグッ、グフフフフッフフブブブッ!!』

 デミグリレイの傷からブシュッと何度も血が噴き出す。力を入れてゴウを押し返そうとするも、物理的に傷ついている身体では、出るのは力ではなく己の血液ばかり。


 そしてそこへ、背後に回り込んで岩上に登ったリュッグが、刀を振り下ろした!


 ザシュッ!!!


『!! グフッ……フググッ……フーッ、フーッ!!』

「この切れ味の刃ですら両断できないか、凄まじくタフな体だなっ」


 ザンッ!!


 すかさず2撃目。今度は、デミグリレイの右腕を切り離した。



『グファアアアアッ!!!』

 6発の銃弾を受け、背中を斬られ、右腕を失う。それでもなお、生きてゴウのパワーに対抗している。

 そのあまりのタフさに、ゴウが眉をひそめた瞬間。


『―――………』

 出血多量か、はたまだ既に致命傷だったのがここまでもっていただけなのか、デミグリレイは沈黙した。



  ・


  ・


  ・


「遅くなってすまなかったな、ムー」

「ん……お腹、すいた。……あと、そろそろ、寒い」

 ちょうど夜明け。

 さすがに前日の熱は一夜を通して岩から失われ、ムーは今度こそ冷えからくる震えを起こす。


「シャルーアにスープを煮込ませてる。時間的にも丁度いい、戻って朝飯だな」

 ワーイと、形だけ喜ぶような素振りをするムー。

 足元にはすっかり冷たくなったデミグリレイのむくろが転がっている。


「こうも上手くいくものとは。まさか、あの鍋の煮込み・・・・・がここまで効くのか……いや、なかなか勉強になる」

 ゴウは昇る太陽を背に、デミグリレイの陣取っていたテーブル岩から自分達のキャンプを眺め、リュッグのとった策に感心した。




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