第140話 妖異と渡り合う香草の知恵
朝食の席でゴウとシャルーアに、リュッグによる今回の解説が行われていた。
「まず、最初に串焼き肉を焼いたのは、香りが強い肉の臭いにデミグリレイがつられて来ることも狙いに含めたものだ。だが本命の狙いは、こっちの臭いを誤魔化すためなんだ」
そう言って取り出して見せたのは、何かの針葉樹の葉を乾燥させたようなものだった。
「
シャルーアが自信なさげに述べるが、リュッグは縦に頷く。
「ああ、本来は香りを楽しむものだが、実はコイツはいくつかの薬草と合わせて煮込むことで、一部のヨゥイの五感を麻痺させる成分を湯気と共に立ち上らせるんだ」
シャッヴァーロンは成長途中でサボテンに似た形になり、幹から無数の針を出しているその姿が、茶色いサボテンに見えることから “ 騙しサボテン ” とも呼ばれる独特な樹木。
実際はサボテンとはまったく異なる植物で、その成長途上の針のような葉っぱが強い香りを発するために香草や香木の類として知られており、シャルーアも両親が生きていた頃に家で何度か焚いているのを見た事があった。
「熱を通しはじめた直後だけはかなり強い臭いが出る。それをより強い肉の臭いでごまかしたわけだ。そしてさらに長時間煮込み続けていると、やがて臭いはなくなってくるそうすると今度は、さきほど言った一部のヨゥイの五感を麻痺させる成分がより多く生じる状態になる」
「なるほど……それで魔物の五感を麻痺させ、接近の気配に気付かれない状態にした、というわけだな」
ゴウが得心いったとウンウン頷く。
同時にリュッグからその乾燥葉を1つもらい受け、軽く臭いをかいだ。
「しかし、このような葉にそれほどの効能があろうとは……」
「いや、実際に麻痺までもっていくなら、相当な時間が必要になりますよ。しかも今回は距離が離れてましたからね。デミグリレイへの効果は、せいぜい鈍らせるので限界でした」
あくまで五感を麻痺させることが出来る成分であって、実際に麻痺させるとなると簡単ではない。
普通に考えて対象が長時間、立ち上って広がった成分に大人しくさらされ続けてくれるわけがない。今回はデミグリレイがじっと一か所に留まってくれたからこそだ。
「……もしかして本来こちらは、ヨゥイ除け用に焚くものなのでしょうか?」
「お? その通りだシャルーア、よくわかったな」
「はい。小さい頃、お母様が部屋の中ではなく、バルコニーや廊下のお庭に出るところで焚いていたのを思い出しました。お香を室外で焚くと香りが風で飛んでしまいますので不思議に思ったものですが、リュッグ様の説明でもしかして……と」
なるほどとリュッグは納得しかける。しかしすぐに引っかかりを覚えた。
「(つまり、シャルーアの母親はシャッヴァーロンの香草の効能を、知ってたってことだが……)」
シャッヴァーロンの香草は、一般的には普通の香草の一種としか認識されていない。
ヨゥイ除けの効果は一部の妖異に対してのみと限定的で、しかもその事を知っているのは傭兵でもかなり少ない―――どちらかといえばかなりマイナーな効果だ。知っていたとしても利用価値は、一般に暮らしている人達にはないに等しい。
「(たまたま知っていた? だが町中の、家の敷地内で焚いたところで……)」
せいぜい自分の家を、妖異の襲撃から守れるかもくらいだ。
確かに最初に出る強い香りは、妖異を忌諱させて近づけさせない効果はある。だがそれもすぐに霧散してしまうので持続的な有効性には乏しく、一般家庭が妖異から身をまもる
「(それとも何かあるのか? あるいは焚き方次第で効果が高まる方法が?)」
異形の脅威を恐れるのは当然だ。子を持つ親であればそれはなおさら。だがシャルーアの話から感じられる彼女の母の行動には、何かもっと深い意味を感じる。
「シャルーア、お母さんが香草を焚いていた時、何か変わったことはしていたか?」
「? 変わったこと……ですか? ………、……いえ、特にはありません。香炉にシャッヴァーロンの乾燥した葉を入れる時、
「そうか、まぁ小さい頃のことなら覚えていなくても仕方ないだろう」
そういってスープのおかわりを渡す。だがリュッグの引っかかりは、いつまでも消えなかった。
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「……すー、すー……すー……」
一行がジューバ目指して再出発した頃、陽はすでに高く昇っていた。さすがにムーは馬車で熟睡。ナーもそのすぐ隣で大あくびをかいていた。
「うーん、さすがにお姉ちゃんのと
デミグリレイの狙撃に際して、ナーは自分のだけでなくムーの愛銃ち二挺を持っていった。
相手のタフさを考えた上での選択だが、さすがに普段の倍重量に加えて、ただでさえ扱いが大変な魔改造品。気力と体力はかなり使ったようだ。
「どうぞナーさん、
慰労にと、シャルーアが皮を向いた桃を差し出す。
「ありがとーシャルーアちゃん。うーん、甘くておいひー、染みるぅ~」
女の子たちが馬車で休んでいる間、リュッグは御者台に、ゴウは馬車横を歩いて周囲を警戒しながら一行は砂漠の街道を進んでいった。
「とりあえずは一安心というところか。しかし……やはり危険な魔物は増えているようだな」
「ええ、まだ対応できるヤツで助かってますがね。ジューバまであと10kmを切りましたが、油断は禁物です」
道中、あちこちに気配はある。だがこちらがそれに気づいていると理解すれば、おいそれとは襲い掛かっては来られない。失敗するのが分かっているからだ。
「(知能の高い奴が増えている……マズイな)」
世界の危険度は加速度的に増している。そう強く感じる道のりを越えて一行は、ジューバの町へと帰って来た。
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