第133話 お仕事.その11 ― 人喰いの狂尼 ―



 レックスーラから南東に15km。



 一見すると何もない荒涼とした砂漠。だがわずかにくぼんでいる地形の、その中心に、ムーとナーの銃の照準は合わせられていた。




「間違いない、ヌァングラーだ」

 リュッグとシャルーアも双眼鏡でその姿を確認する。たたずんでいる人影は人間の女性のように見えるが人ではない。



 ヌァングラー。


 まるで幽霊のような雰囲気を纏う妖異で、女性の姿をしているのが特徴。さらにその服装は、尼僧のようでありながら前ははだけているなど、観念が矛盾した格好をしている。


 砂漠に限らずあらゆる環境で出没し、通りすがりの人間をかどわかす。だが彼女に捕まれば最後、生きながらにしてその身体を喰われていく地獄を味わう事となる。



「女性……のように見えますが、あれもヨゥイなのですか?」

「ああ。当初は幽霊のような存在と思われていたが、実体がある。だが生物かどうかは不明だ。突如として出現し、ああやってずっと佇んだまま、基本は動かない。何か動作をするのは唯一、近くに獲物がいると認識した時だけだ」

「ヌァングラー、近づくもの、何でもいける。……男も、女も」

「雑食なんだよねー、アイツ。前にうっかり認識内に入っちゃって、危なかったことあったもん」

 ムーとナーは遠距離狙撃で仕留めるスタイルだ。事前に相手の姿と位置さえ捉えていれば一方的だが、何かの理由で接近を許してしまうともろい。


「近接ではヌァングラーは相当に面倒な相手だ。何せ一度でも食いつかれると、狂ったようにどこまでも追いかけてくる。それでいて力も強い」

 色気にしろ、砂漠のど真ん中で一人立ち尽くしてるのを心配してにしろ、うっかり近づこうものなら非常に厄介な目にあう。

 対処法を間違えると死亡する確率が高い妖異の1つとして、傭兵の間では有名だった。


「覚えておくといい、シャルーア。もし砂漠で見知らぬ人間を見かけても、みだりに声をかけたり近づいたりしてはならない。ああいうのがいるからだ」

「かしこまりました、覚えておきます」

 念のため、リュッグは、あらたかじめ刀を鞘から抜いて構える。

 シャルーアは、自分の刀ではなく安物の短剣を持たされていた。柄には細い鎖がついている―――チェインナイフだ。


「よし、準備OKだ。1発で仕留められるなら仕留めてくれ、楽に越したことはない」

「オッケー! お姉ちゃん、いけるー?」

「ん、問題…なし。ナー、脚」

「じゃ、お姉ちゃんは頭ね? りょーかいっ」


 確認しあった後、二人は言葉を切り、そして1秒――――――



 ターンッターンッ!!



『!? ウヴヴヴッ……』

 ヌァングラーは身体を強く揺らす。弾丸は2発とも命中……しかし、その場に倒れず、踏みとどまっている。


「ちっ、無駄にタフっ! もう1発くらえっ」

 ターン!


 次発装填リロードの早かったナーがさらに1発お見舞いする。今度は右腕を貫通し、脇辺りに命中した。


 ダメージは確かにあるようだが、なおも倒れない。ゆらりと動いたかと思うと、乱れた長い髪の隙間から、その瞳がリュッグ達を捉え―――刹那


『ウギャァオオウウオアカオアカオウアオオウオウオッ!!!!』

 とてつもない奇声を叫びながら、猛烈に走ってきた。



「簡単にはいかないかっ!! ムー、ナー、下がれ! まず俺が受け止める!!」

 襲い掛かってくるヌァングラーの前に立ちはだかり、リュッグは刀を振るった。かなり距離があったはずなのに、僅か数秒で斬撃が届く位置にいるヨゥイ―――ゾッとする。


「(とんでもないスピードだな、しかしっ)」


 ザシュッ!! ドシャァアッ!


『グギギイギィィィイイイイッ!!!』

 いつもの使い捨てシミターならこうはいかなかっただろう。

 だが切れ味鋭い刃が、猛烈な勢いのヌァングラーの左脚を切断し、派手に砂漠の上をもんどりうたせる。


「近づくな!! 俺がメインで相手する! シャルーアは教えた通りに、隙を見てソレを投げろ!! どこでも、当てればいいからなっ!!」

「はいっ!!」

 チェーンナイフを頭上で振り回し、隙を伺いはじめたシャルーアを確認すると、リュッグは自らヌァングラーに近づき、腕を振り上げた。


「おぉおおおっ!!」

『! ググッ』

 さすがに危険だと判断したのか、ヨゥイは追撃をかわす。だがリュッグは構わず立て続けに攻撃を繰り出してゆく。


 シュビッ! ビュッ! ドヒュッ!!


『ウグググッ、グギャオオッ!!』

 まるで癇癪を起すように反撃に移ろうとするヌァングラー。しかし、その転換の際の動きの中に、シャルーアが隙を見出す。


「えいっ!!」

 回し続けた勢いで何とかサマになる投擲。鎖が伸びていき、短剣の刃がヌァングラーの右脇を通って前に出て、その腹部を軽く掠めた。


『ギャオッ!?』

 リュッグに向かって襲い掛かろうと前に飛び出した直後なだけに、自分の身体が前へと移動する動きによって、伸びた鎖に自ら飛び込む形となり、通り過ぎた短剣が繋がってる鎖を押されたことで、ヌァングラーの左脇へと回り込んでいく。

 軽くではあるものの、投擲したチェーンナイフは、ヨゥイの身体に絡まった。


 それにより一瞬ではあったが、ヌァングラーの意識が自身に絡まったチェーンナイフの方へと向く。


「今! ムー、ナー、合わせてくれっ!!」

「ん」

「おけおけー!」


 ズバシュッ!!


 ドンッ!

 ダン、ダァン、ダンッ!


 

『グギッ……ギッィ……、ガッ……―――、……』

 リュッグの刀に斬られた直後に左右5mほどの位置から、ムーとナーの新調したばかりの銃が火を噴いた。


 さすがのヌァングラーも息絶え、ようやく倒れ伏した。




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