第127話 別れはかき回す強行軍の中で
――――――軍が動くのが問題なら、軍でなければいい。
つまりは、リュッグ達のように " ただ国境を越えてきた旅人が魔物に襲われた ” のであれば、問題ないわけだ。
「スリル満点だねぇ、こいつはっ。はっはー!」
魔物の群れに追われているというのに、楽しそうな声をあげるのは、馬で馬車に並走している一般人に
リュッグ達が提案した作戦に乗ったエッシナ村に駐留中の正規軍が、彼を付けてくれた。
作戦を見届け、
「なるほど、危険を楽しむタイプのようだな、奴は」
ゴウは頼もしいとばかりに苦笑する。
リュッグが走らせる馬車にはシャルーア、ゴウ、ムー、ナーが乗っている。それともう一台……今回の作戦のためと、報酬代わりに軍から貰った2頭だての一回り大きめの馬車が、すぐ隣を走っていた。
「おおーい、まだ逃げるのー?」
御者台で手綱を取るラージャが、リュッグらの方へと呼びかける。いい加減戦いたいと言わんばかりだ。
こちらにはワダンへと向かう組、ナーダ、ジャスミン、ミルス、フゥーラ、ラージャが乗っている。
「まだだー、ケイル側に俺達のことが認識されてからでないと意味がないー」
と言っても、盛大に魔物の群れが後ろを追いかけてきている状態。魔物の後方で控えて様子を見ていたであろう連中には、とっくに把握されてるだろう。
「(問題はその規模だな……軍といってもピンキリだ。侵略する気でいるなら、かなりの数がいるはずだが)」
しかし辺りを見回してみても、軍隊の気配はない。
リュッグ達は、魔物に追い回されてる風を装って街道から大きく外れてはあっちへこっちへとぐねぐね曲がるように走っている。
しかし、国境付近にはケイル側と思われる人間は一人もいなかった。
「ムー、ナー、どうだ。周囲に人影はっ?」
「……いる。けど、遠い……」
「うーん、一番近くて北に1~2km、って感じー。でも2~300人くらいはいそうだから、ケイル側の部隊っぽいよー?」
けしかけた魔物が自分達に向かってこないよう距離を開けてるのは分かる。だがわずか数百程度の兵数しかいないというのは
「そのような数でするものなんですか、戦争って??」
スルナ・フィ・アイアという北の国境に近いところに生まれ育ったとはいえ、そのお嬢様人生の中に戦争など一切経験ないシャルーアにとっては、何もかも分らない事だらけだった。
「可能性はあります。町の1つ2つを攻めるのでしたら、
キランとカッコつけて説明するゴウ。
自分の本来の領分である事と、他でもないシャルーアに説明するので、とても生き生きしていた。
「……しかしゴウさん、
リュッグは懸念を覚えていた。確かにゴウの説明通り、さほど規模の大きくない町や村を攻めるだけなら、武装と訓練を施された兵士は一般人の何倍も強いので少数で十分攻め落とせる。
しかし今回は、国境のエッシナにファルマズィ正規軍の一部隊がいる。その数およそ千人弱。
けしかけた魔物の群れは多く見積もっても150~200。魔物1匹が兵士2~3人に匹敵する戦力と考え、数えたとしてもエッシナを抜けるかどうかは怪しい。
「リュッグ殿、これは……あくまで私見なのだが」
そう前置きしたゴウの表情は、先ほどとは打って変わって真剣かつ沈痛なものへと変わった。
「北のケイルの部隊……いけに―――捨て石の可能性が高いと思われる」
シャルーアがいるのを考慮してか、言葉を選びなおしたゴウ。
魔物達が常にファルマズィ側を向いてくれてる保障がないのであれば、その近くに陣取るケイルの兵士達も、魔物に襲われる可能性を秘めている。
距離を離しているのも、魔物に目をつけられないため―――だがもし、狙い通りに魔物の群れとファルマズィの正規軍が戦闘を始めたなら、ケイル側はそれに乗じた動きを取る。
「……ヨゥイが、人間の敵味方の区別とか、お笑い」
ムーの言う通りだ。
つまり、魔物の群れとファルマズィ正規軍とのやり取りを監視している北の部隊は、いざとなったら一緒に蹂躙される可能性が十分にある―――見捨てらること前提の部隊ということだ。
「魔物がどう動くか分かったもんじゃない。そう考えれば当然といえば当然だが……ケイルは随分と無茶な策をとったものだな」
ケイル側の兵士達に同情すると言わんばかりに、ゴウは北に向かって目を細めた。
その部隊との距離が300~400mほどまで詰まる……そろそろ向こうの見張りが、魔物に追われている馬車2台の旅人をハッキリと認識できるはずだ。
「……よし、もう少しこの辺りで逃げ惑う。ケイルの連中に動きが出始めたから、ナーダ達はワダン方面へ一気にいけ。俺達はファルマズィ方向へルートを変える。あとはそれぞれ、追いすがってきた特に足の速い
「オッケー! やっと戦えるー、ふっふっふー!」
ラージャが喜悦と共に手綱をひときわ強く振るう。
「騒がしい別れだけど楽しかったよ、またどこかで会おうっ」
「色々とお世話になりました、この御恩はいつか必ず」
ナーダとジャスミンが荷台の
その直後、あちらの馬車は一気に加速し、リュッグ達から離れていく。
「さて、別れをしみじみ感じてる暇はない。こっちも忙しいぞっ、戦闘準備をっ」
当初の予定通り、足が一段遅いリュッグ達の馬車に魔物のほとんどが目をつけた。これでナーダ達の馬車は無事、この場を抜けてワダンへ向かえるだろう。
その分、ここからはリュッグ達はただ逃げるだけでなく、難しい行動のとり方を強いられる。
「(戦い、移動、ルート選定、操縦……。さすがにこれらをこの忙しい状況にあわせて行うのは、広範な経験が必要だからな……やれやれ)」
必然、馬車の繰り手はリュッグが行うより他ない。
ムーとナーは銃で、馬車で逃げながらの戦闘上、一番の主戦力だ。
ゴウは近接戦闘がメインのようで、念のために調達した弓や投擲物はあまり得意ではない。なのでシャルーアと一緒にムーとナーのサポートに回ってもらい、万が一の時は3人を守ってもらう。
ケイル側との距離を考えつつ、怪しまれないよう、逃げまどう旅の馬車を装って、ファルマズィ領に逃げ込む。
かつ、魔物の群れをある程度は無力化し、そして―――ファルマズィ方面ではなく、ケイル側の軍へと向かわせる誘導も、可能ならば成功させなければいけない。
「(さーて、こっからは頭と勘を全力で活用しないとなっ)」
熟練傭兵の経験と知識を総動員させながら、リュッグは馬を走らせ続けた。
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