第122話 旅は道連れ、余は名を避ける
ジューバの町の外壁に大穴を開けてしまったゴウは、傭兵ギルド支部長のパンとギルド職員、そして町の治安維持の兵士数人によって、半強制に近い形で連行されていった。
といっても行先は町長の屋敷で説明と釈明を求められるだけ。さすがに駆けっこ競争の末に壁に激突して
「……一言よろしいでしょうか。馬鹿ですか、その方は?」
治療院の一角、個室の病床の上で話を聞いたジャスミンは、辛辣かつ的確な一言を放った。
「ハッハッハッ、まったくもってその通りだ。ガタイはデカいが、どこか間の抜けた男……的を得ているよジャスミン」
ナーダは大変愉快だと腹の底から笑う。
その隣で、シャルーアがお見舞いの果物の皮をむき、切り分けて丁寧に串を刺し、内の一つをジャスミンに渡した。
「ありがとうございますシャルーア様。……それで、廊下にいらっしゃる方々は自己紹介してくださらないのでしょうか?」
ほんの少しだけピリっとしたものを言葉に含めながら、ジャスミンは個室の扉の外に意を向けた。
『ほう、我らの気配を察するか―――いや、女性の病床に多人数で押しかけるは無礼と思ったまででな、他意はない」
ミルスがラージャとフゥーラを
「我はミルスという。魔物討伐の旅をしておる者だ」
「私はその従者の一人でフゥーラと申します」
「ラージャだよーっ、同じくミルスさまの従者でっす」
「アイアオネ、拠点に傭兵……やってる。ムー」
「同じくっ、傭兵のナーでーす。お姉ちゃんともどもよろしくッ」
「皆様ご丁寧なご挨拶、恐れ入ります。ナーダ様の従者をしております、ジャスミンと申します、以後お見知りおきを。病床よりのご挨拶、
堂に入った丁寧な口上。今しがた挨拶したミルス達が、その言葉だけで軽く圧倒される。
「(さすが一国の王女さんのお忍びに付くだけのことはあるという事だな。しかし、あまり立派な挨拶をするのはダメなんじゃないか?? 色々と勘付かれてしまうと思うんだが……)」
リュッグの懸念通り、ミルスとフゥーラあたりは何か気付いている様子。
ムーも何となく勘付いているようなフシはあるが、特に関心はなさげだ。むしろシャルーアがむいた果物の方に目がいっていた。
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「ジャスミンは、一応は旅が出来る状態……なんだけどもねー」
お見舞いを終えてとりあえず町でお茶する中、ナーダは困ったように切り出した。
「正直、今の状況下でワダンに帰るのは難しい……どうしたものか考えがまとまらないんだ」
隣国とはいえワダンまでは、ジューバとアイアオネ間の比じゃないくらいに遠く長い道のりだ。回復しきっていないジャスミンを伴って行くには、あまりに道中の治安に不安がありすぎる。
魔物の活性化以来、長距離道程はどうしても危険が大きい。二人とも万全であったなら問題ないが、ジャスミンの怪我は彼女の戦闘時ポテンシャルを低下させている。
ナーダが修復された愛用のシミターと、シャルーアの刀の失敗作の1本をマルサマの鍛冶工房で
「かといって、これ以上の長居は色々と問題があってね……さすがにそろそろ
解決策は簡単だ、要するに護衛を雇えばいい。……しかし、あくまでもお忍び中のナーダ達は当然、その事情をあまり他に知られるわけにはいかない。
表向きとしては、魔物が闊歩する中でも故郷の国へと帰らなくてはいけない、という装いになる。
だが、そもそも今のご時世では護衛仕事は高くつく上に、依頼人の状況や事情を一切問わないでともなると、傭兵側もなかなか手をあげにくい。
命あっての物種―――不明な点のある仕事には皆、慎重にならざるをえないのだ。
「信用できて、客の事情を一切聞かない護衛依頼……確かに難しそうな注文だな」
条件に当てはまるといえばリュッグ達がベストだろう。しかし、ナーダの正体を知っているのはあくまでリュッグだけ。
仮にムーとナーに助力を頼んだとしても、彼女達は元々地域常駐で活動している傭兵だ。その武器やスタイルも、旅中の護衛仕事に向いたものではない。
そのうえリュッグはシャルーアを連れている。
先のアイアオネ鉱山では活躍したといっても、その後は試しに貰った刀を振り上げるのに、いつもどおり四苦八苦していた。ナーダでさえアレは白昼夢か何かだったのかと苦笑したほど、いつも通りのシャルーアだった。
そんな戦う力を持たないお嬢様を連れていては、リュッグもナーダ達の護衛として、十分な戦闘行動を取ることができない。その辺はナーダも見透かしている。
「ちなみにだが、帰りのルートをどう取るかなどは決まっているか?」
「ああ、だいたいね。来るときはこの国の首都に行く事も視野に、中腹あたりの国境を越えてきたけど、さすがに今の情勢で怪我人抱えてじゃあ距離がありすぎる。だから帰りはここから最短で南西に抜ける道を取る気だ。それなら直線距離で国境まで100kmほど、ワダンまで150kmちょっとで着く」
間に1つ国を挟むことになるが、確かに距離でいえば2~3日でこのファルマズィ=ヴァ=ハールから出る事が可能。状況に対して現実的と言える。
「ヨゥイに襲われる危険を最小限に抑える上では確かに最善だな。国境までなら何とかなるだろうが……ふむ」
当然だが、魔物の脅威は別にファルマズィ=ヴァ=ハールに限られているわけではない。
他の国でも確実に魔物は活発化している。ただその脅威度が一番増加しているのがこの国というだけの話。
なのでナーダとジャスミンがワダンに帰り付き、
「(シャルーアを連れて彼女達の護衛を完遂するには厳しいな。せめてミルス殿達のような……ん? ミルス殿?)」
――― 悲しいことだが、王といっても我が国は領土とよべる土地あるものではない故、各国の王と会談の場を持つのがなかなかに難しくてな。そこで! 脅威度の高い魔物を討伐して見せ、名を上げ、他国の王と面会しやすくするという算段であったのだが…… ―――
(※「第29話 非常識なるも不可思議な術」参照)
リュッグは、そうは見えない上に比較的距離感の近いせいもあって、すっかり失念していた。ミルス達の目的や身分、立場などを。
「……ナーダ殿。一つ案があるが、どうだろうか?」
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