第123話 帰り道は万全なる態勢で




 ジューバの町から南西へ30キロほど。一行は一路、国境を目指して進んでいた。




「ここまでで2度……か。まずまず順調だね」

 ナーダは倒したばかりの魔物の死骸を邪魔とばかりに脇へと蹴り寄せ、他にいないか、周囲を軽く見まわした。


「ムーとナーが先行してくれているのが大きい。ヨゥイの接近にいち早く合わせられるし、小物はあらかじめ処理してくれてるだろうからな」

 一足先に武器を収めたリュッグは、荷台へと乗り上がる。積んできた果物の箱からいくつか取り出し、慰労とばかりにナーダ達へと1個づつ投げ渡した。


「この陣容でしたら、よほどの相手でなければ問題は起こりえないでしょう」

「うむ、フゥーラの言う通りぞ。だが油断はいかん、我らもしかと護衛しきるまでは気を緩めぬようにせねばな」

 ミルスはパンパンと両手を打ち合わせて払い、フゥーラも自分の道具をしまう。その隣で、ラージャが暇そうに砂漠の砂を持ち上げては遠くに投げていた。


「順調なのはいーけどさー、ちょっと暇ー。まーたする事なく終わっちゃったしー。ゴゴもそう思うでしょー?」

「誰がゴゴかっ、ゴ・ウ、だ! いい加減、人の名ぐらい正しく覚えろ、失礼だと思わんのかっ。まったく……」

 ラージャにからかわれるゴウ。その後ろにはジャスミンが半分身を乗り出すように腰かけている馬車があった。


「護衛、ご苦労さまですゴゴ様」

「………」

 ジャスミンにまでからかわれ、ゴウは何とも言えない複雑な気分で口を閉ざした。




 今回はラクダ車ではなく普通の馬車。しかも安いものを、借りるのではなく新たに購入した。


 アイアオネに行った時はまたジューバに帰るのでレンタルで十分だったが、今度はナーダ達がそのままワダンまで乗っていく。


 加えて、まだ回復しきっていないジャスミンがいる。道中の街道の造りなども考えた結果、ジューバで馬車1台購入する事となったのだ。



「ジャスミンさん、お身体の調子は大丈夫ですか?」

「はい。問題ありません、シャルーア様」

 陣容としては、ミルス、フゥーラ、ラージャ、ナーダが魔物出現時に対応し、リュッグが馬車後方を、ゴウが馬車前方について防衛。そしてジャスミンは馬車の荷台で、シャルーアが同乗してそのケア……という形だ。


 さらにルートを大きく先行してムーとナーが進路上を見張っている。魔物が馬車に向かっていく場合、空砲を撃って報せる手はずになっている。


 この陣容で、一行はまずファルマズィ=ヴァ=ハールの国境近くの町を目指し、そこからワダンまではミルス達がナーダとジャスミンの護衛として引き続き同行。リュッグ達は引き返す、という計画になっていた。




「(ミルス殿にしてみれば、まさに渡りに船だったわけだ。奇縁ってやつかな)」

 何せ一国の女王に面会できる―――既に面会しているというべきか。

 一方でナーダ達は、国へ帰る上での護衛を獲得した。しかも相手は領土こそ持たないが、こちらも一国の王……そこらの傭兵よりかは遥かに信用できる護衛だろう。


 ムーとナーは、シンプルにお金。

 元々、ヨゥイ討伐依頼をメインにこなしてる二人だが、最近は遠距離から仕留めにくい討伐依頼も増えて、収入が目減りしていたらしい。


 そしてゴウ。彼はシャルーアに引き寄せられて―――というよりも、お金を稼ぐ必要が出てしまったために、今回の護衛を仕事として正式に引き受ける事になった。



「(むう、まさかこのマーラグゥともあろうものが……とんだ失態だ)」

 ジューバの町の外壁に激突してあけた穴自体はすぐに修復されたものの、さすがにその修理代金を請求されたのだ。

 だが彼はさほどの手持ちがなく、とても請求された代金を払えない。


 そこで傭兵ギルドのパン支部長が特別に、ナーダ達の護衛依頼を正当に受けてその依頼報酬の内、ゴウの取り分をそのまま修理代金に充てるという形を取ったのだ。

 なので今回、彼だけは実質タダ働きである。




「それで、目指す町っていうのは何て言ったか?」

 ナーダがど忘れしたと言わんばかりに進行方向を見ながら、こめかみあたりに指を当てる。


「レックスーラだ。ルート上、国境に最も近い町だが、実際には国境を越えるのはその南にあるエッシナという村からになる。ただ村の方は宿泊施設がないから、まずレックスーラで一泊した後、エッシナに向かう段取りだな」

「なるほど。そのエッシナとやら、国境越えの村ならば栄えていそうなものだが……宿がないとは珍しい」

 ミルスの疑問はもっともだ。国をまたいで往来する街道の、出入り口最寄にある町や村は、行き交う旅人という客を見込んでの商売がしやすい。なので普通は、宿や食事処などが自然と増える。


「エッシナは元々、軍事拠点だった場所ですね。かなり昔にその機能は失われ、村となりましたが、今でも状況に応じて頻繁に軍が駐留する村のようです」

「軍が駐留すること前提であれば、なかなか客商売もやりにくいというわけだな」

 事前に調べておいたフゥーラが、まとめた資料を手元に見ながら説明する。それを聞いてミルスが得心いったと強く頷いた。


「……もしかすると、今まさに軍が留まっているやもしれんな」

「? それってどういうことー、ゴンゴンー?」

「ゴウ、だ! ……んんっ、つまりだ。現状、この国は治安が悪化している。言わずもがな魔物どものせいだが、そこに付け込んで周辺各国が怪しい動きをしているという話、ミルス殿がしていたであろう?」

 まさかその内の一か国の将軍だとは口が裂けても言えない。ゴウは複雑な気分で続ける。


「今回のルートでは、ファルマズィの国境を出た後、第三国を50kmほど横断して後にワダンへと入る。……そのもう一つの国への警戒として、軍を駐留させている可能性は低くはなかろう」

 もめ事がなければいいのだが、とゴウが締めくくる。


 リュッグは勘弁してもらいたいもんだと思いながらも、沸き立つ嫌な予感は抑えきれなかった。





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