生命の石と情熱の刃金

第111話 巣窟の地下鉱山




 鉱山を潜る3人は、悠々と進んでいた。しかし同時に、相応の気疲れを感じてもいる。



「ここは魔物の巣か? これほどの数が詰めておるとはの」

 ミルスが呆れたような笑いを浮かべる。


 さすがの剛の者も、絶え間ない魔物との遭遇と戦闘をこの狭い坑道で続けながら進み続ける事に、辟易とし始めているようだった。


「鉱山の坑道としては広い方だが、一度にでる数が多く、立ち回りに苦労するな。良い勉強にはなるが、さすがに面倒になってくる」

 そういって坑道の先に視線を向け、目を細めるゴウ。闇の向こうから新たな魔物達が近づいてくるのが見え、軽く息を吐いた。


「つくづくいい修行場だな、まったく。弱すぎず、かといって強いわけでもなく、数だけはやたら多い。たまったものではない」

 ナーダが(マルサマの鍛冶場からかっぱらってきた)刀を抜き、構える。


 3人にとっては雑魚もいいとこだ。一息に蹴散らせるほど弱いわけではないが、数分で屠れる程度。

 だが、とにかくその量が凄まじい。遭遇するのは必ず20匹以上の群れという異常さ。




「(しかしおかしい。こんな狭い坑道で魔物どもが群れだって詰まっているというのは不自然ではないか?)」

 魔物を蹴散らしつつも、ゴウは妙な違和感を感じる。それは他の2人にしても同じだった。


「これだけいて、よく表にあふれ出さんかったものだな……フンヌッ!」

 1匹を殴り、それを一直線に吹っ飛ばして1度に10匹以上の魔物を巻き込んで倒すミルス。


 ……そうなのだ。魔物達にしてもこんな坑道で生活など狭すぎるはずで、数が増えれば自然と坑道の外へとあふれ出だすもの。

 だが、アイアオネ近辺で魔物の大量発生というのは、各地を転々として魔物退治に勤しんでいるミルスにしても聞いた事がなく、以前アイアオネの町にやってきた時も、そんな話も兆候もなかった。


「ふーん、坑道の奥にいけばいくほど魔物の質が落ちていくのも気がかりだ。数ばかりが増えて―――ん? ちょいと二人とも、こっちに来てみなよ」

 ナーダが何かを見つけ、邪魔になる壁際にいた魔物を斬り捨て、その死骸を蹴り飛ばしてその場にしゃがむ。

 坑道の地面と壁の境目に、何かが落ちていた。



「む? 宝石の類か? この鉱山で採掘された原石……ではないな」

 ゴウの言う通り、発見されたそれは綺麗に磨かれた球体をしていて、とても採掘された石が落ちているというようなものではない。

 指先ほどの大きさ、色が茶黒いせいで坑道の地面や壁の色と同化し、ランタンの明かりを近づけて初めて淡い輝きを返す。


「不自然な。拾い持ち帰って調べ……む、これは埋め込まれておるな?」

 ゴウと二人で手分けして荷物を背負うミルスが、その宝玉を回収しようとつまんでみるも、まるで動かない。


「ならば周りを少し掘って―――なんだと……?」

 剣の鞘で宝玉の周りを掘削するナーダ。しかしすぐにその手は止まった。


「バカな! 宝石が……呼吸をしているとは面妖な!?」

 ゴウが驚愕するのも無理もなかった。

 確かにソレは堅い無機質な石に間違いはない。だが周囲を掘った途端、宝玉の下面から規則的な空気の吸引と排気が行われていた。


 その雰囲気はさながら生物の呼吸そのもの。だが、宝玉をひっくり返してみても、そこに口なり鼻なりはない。今度は逆側、地面に接触してる部分で同じように呼吸をしている。



「……いわくありげだね。持ち帰るにしても注意がいりそうだ。何か入れ物はあるかい?」

「ああ、先ほど食した携帯食の紙袋がある。それにリュッグ殿が持たせてくれた目印用の蛍光粉の箱が1つ、ちょうどカラになった。これらで二重に収めておこう」

 ゴウが背負っていた荷物から袋と箱を取り出し、その中に宝玉を入れる。地面からはなすと呼吸じみたものはなくなり、どこを触ってもただの宝石で物理的におかしな部分は感じられなかった。


「もしかすると、似たような怪しいモノが他にもあるかもしれん。注意深く見ながら進むとしよう。幸い、図面によれば坑道はあと少しで終点のようだ、道中雑魚ばかりであったとはいえ気は抜かぬようにな、お二方よ」

 ミルスが新しいランタンに火を灯す。明るすぎるとそれだけ魔物に気付かれやすくはなるが、これまでよりも視界を確保した方が良いという判断だ。


 ナーダとゴウも頷き返す。


 言うてこの3人は大人である。しかも奇しくも全員、普段なら相応の立場にある者ばかり……数奇なパーティは非常に安定した鉱山攻略を行っていた。




  ・


  ・


  ・


 坑道を降りきった先、3人は広い空洞に出た。


「ここが最深部か。……採掘は続けられていたようだな、道具と採掘した石がそのままとは」

 そう言って見回すゴウ。前方の壁付近だけでなく、左右にも掘削中だった形跡が残っている。


「町長の話では、なかなか有望な鉱山であるという話……だが、確かにあれだけの数の魔物が巣食ってしまっては、並みの鉱夫達は仕事を続けられまい」

 言いながら見つけた、いくつかの人骨にミルスは手を合わせ、軽く祈りをささげた。


「ふーん、てっきりボス格な魔物の1匹や2匹いるかもしれないと思っていたが、気配はない、か。これだけの空間に雑魚すら1匹も見当たらないなんて、ますます持って奇妙だね」

 鉱山に魔物達が詰まっていた理由について、可能性の一つに魔物達には統率しているボスがいて、あくまでこの鉱山を縄張りにしているために、外にあふれ出さなかったのではと考えていたナーダは、アテが外れたと抜いていた剣を鞘に戻した。


「……」

「? どうした、ミルス殿?」

 魔物の犠牲者の冥福を祈っていたミルスが急に立ち上がる。そして天井を仰ぎ見ていた。

 二人も彼が見ている場所に視線を向けるが、そこにあるのは岩肌だけ。


「むぅ……これは、もしや……?」

「何か気がかりでもあるのかい?」

 だが問いかけてきたナーダに答えることもなく、今度は周囲をキョロキョロと見回しはじめるミルス。

 ゴウとナーダは一度顔を見合わせ、そして改めてミルスの様子を伺った。


「……やはりだ。我の感覚が正しくば、この場所には “ アルイキィーユ ” が無さ過ぎる」

「? ミルス殿、なんだその “ アルイキィーユ ” とは??」

「我が家に代々伝わる古の教えの一つ。人に限らず、ありとあらゆる生物、あるいは植物や大地にすら宿るとされる根源たるエネルギーの一つで、かつては “ レイキ ” と呼ばれていた、と言われておるものだ」

 その説明にハッとしたのはナーダだった。アルイキィーユにしろレイキにしろ、その説明にはピンとはこないが、ここには最低でも人骨がいくつかある。

 つまり生物の痕跡がある閉鎖的な空間で、その根源エネルギーとやらがまったく感じられないのは不自然―――ミルスの様子がおかしいのは、その奇妙さに気付いたからだ。



「つまりだ、この場所は相当ヤバいって認識でいいんだね?」

「……うむ。とりあえず一度、鉱山より出た方が良いだろう。そして町に戻り、報告した後、改めて調査し直すべきと我は思う」

 ミルスが相当に緊張感ある表情をしていたので、まだよく把握できてないゴウも静かに頷く。




 その時、ゴウは視界の端で転がっている石を見つけ、何気なくそれを拾い回収した。

 怪しい場所のサンプルとして持ち帰る―――そんな感覚で拾ったソレは、後に大きな意味を成すことになる。





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