第105話 ラクダが引く車の旅路




 3日後。

 リビングアーマーの別個体は確認されず、ジューバの町の警戒は解かれた。


 リュッグはシャルーアとナーダを伴って一路、東に約50kmの位置にあるアイアオネの町へと出発していた。





 ゴロゴロゴロゴロ……


「いいのかい、ラクダ車なんてもん借りて? 結構するんじゃないか?」


 ラクダ車―――言ってしまえば馬車のラクダ版。ただし最初から砂漠の砂の上を走ること前提のため、車輪が柔らかい砂の上でも大丈夫なように特別製だ。

 なので簡易屋根しかついてない安手の荷台を1頭のラクダで引っ張る、最低限の構成ながらお値段レンタル料はなかなか。


 しかも昨今の魔物の活性化による道中の危険性から、万が一の時用に保険料金が追加で増し増し。

 当然、リュッグのふところは痛い。



「まぁたまには贅沢もいいだろうと思ってね。それに仕事の内容上、どのみち大荷物の運搬のために必要だった。まぁ道中でヨゥイに遭遇した時はその分、力を貸してくれると助かるよ」

「フッ、任せておけ。安物だが予備のシミターも調達できた、立ちふさがる魔物はすべて斬り伏せてやろう」

 アイアオネの町に向かうにあたり、様々な荷物を荷台に積んでいる。


 ジューバの町からアイアオネの住民宛ての手紙の詰まった箱、安い反物を乱暴に縛った山、何かの職人道具らしいものの詰め合わせに、交易で流れてきたと思われるエウロパ圏のおもむき深い工芸品の数々……


 ジューバからアイアオネへの配送仕事を複数引き受け、一手に運ぶとなると、馬車なりラクダ車なりは必須。

 それと同時に、ナーダへの配慮+シャルーアの社会勉強など、リュッグは一石三鳥を考えた末に今回思い切ってラクダ車を借りた。



「……しかし意外だな、このスピード。以前借りた時は、もっと遅かったんだが」

 馬に比べればまだ遅い方。

 だが今回借りたラクダは、なぜか妙にやる気満々に張り切ってくれていて、人間が走るよりもやや早い速度で移動できていた。


「ラクダさん、元気なようで何よりです」

 ちなみにラクダ車の手綱を握るのはシャルーアだ。最初はリュッグがあやつり方を教えながらやってみせた上で、彼女にゆだねた。

 馬車の御者をするよりも、速度を出さないラクダ車の御者の方が初心者が経験を積むにはちょうどいいと思っていたのだが……


「気を付けろ。スピードが出ているということは、急に止まることができないという事でもある。進行方向の流砂やヨゥイの襲撃を常に警戒するんだぞ」

「はい、かしこまりましたリュッグ様」

 シャルーアが手綱を握ってから速度を上げた気がするが、まさかなとリュッグは首を横に振る。

 ラクダが後ろから手綱を取る人間の違いを感じとっているとは思えない。走り出して身体が温まったので本領発揮してるのだろうと結論付け、肩をすくめた。







 ジューバの町を出発してから2時間弱。



「距離が距離だ、むしろ今まで遭遇しなかった方が不思議なくらいだな」

「フッ、荷台から変わり映えしない景色を眺めてるのも飽きていたところさ、ちょうどいい」

 シャルーアがラクダを止め、ここまでの労をいたわるようにその身体を撫でる中、リュッグは御者台から、ナーダは荷台から飛び出して戦闘態勢を取った。



『シュ~……フ~……』

 進行方向を塞ぐようにゾロゾロと現れたのは、頭からバサッと大きな外套を被ったような形をしたものだった。


リビングゴーレム生きた模型人、それも10匹以上ね。ディザート砂漠タイプで助かったというべきかい?」

 通常、ゴーレムは作り上げた体を魔術で動かし、生きているかのように自律行動させる無生物・・・。どんなに精巧につくられ、生き物のように動いたとしても、生物ではない。


 しかしリビングゴーレムは少し異なり、誰かの手で作られたのではなく、自然の岩石や砂を身体にして発生する生物・・なのだ。

 滅多に発生するわけではないレアな妖異だが、環境に依存した肉体を持つため、たとえば火山帯などで発生した個体は、非常に危険度の高い難敵となる。



 しかし……


「フッ!」


 ザシュッ!!


「ハッ!!」


 サンッ!


 砂漠で発生するリビングゴーレムは砂や岩が肉体の主となる。

 それも、より砂の比重の多いケースが目立ち、同時に発生する数こそ多いものの、その肉体は柔らかくて簡単に倒せる。一個体あたりの体躯があまり大きくないのも特徴だ。


「いつもこれくらいのヨゥイが相手なら楽なんだがな」

 リュッグは気楽に笑いながら、易々とリビングゴーレムを斬り捨てていく。


「手応えがないね。どうやらこの辺りは砂の方が多いようだ」

 リビングゴーレムを斬った際の感覚から辺りの環境を推測するナーダ。こちらも余裕綽々しゃくしゃくに、そして物足りないと若干の不満を含めた表情を浮かべる。



「シャルーア、丁度いい。1匹やってごらんよ」

 ナーダに呼びかけられたシャルーアは、一度リュッグの方を伺った。提案を受けていいものかどうか、やや不安そうだ。


「……そうだな、試しにやってみるといい。危なそうならすぐに援護に入るから、挑戦してみろ」

「分かりました、がんばってみます」

 荷台の荷物をゴソゴソと探り、久しぶりにマルサマから借りている " コダチ " を取り出して、鞘から抜く。

 ギガスミリピードを切断した鋭い白刃は、健在とばかりに陽光で眩しく輝いた。

 (※「第16話 お仕事.その2 ― サボテンのち節足 ―」参照)


 そして御者台から飛び降りると、ラクダの前に近づいてきていた一番最寄のリビングゴーレムを見据えて、いつかナーダに教わった通りに構える。


 まだ刀の重さに耐えきれず、身体がプルプルと震えてはいるものの、それを除けば非常に綺麗な、初心者としては上出来な構え方が出来ていた。



『シュ~フ~ッ』

 呼気こきはいするような音を立てながら、リビングゴーレムが飛び掛かってくる。大きさはシャルーアの2/3ほどだが跳躍力は中々で、彼女の両目はリビングゴーレムを見上げる形になった。


「シャルーア、素早く刀を寝かせて、力いっぱい上に振り上げろ!!」

 リュッグのアドバイスが耳に入り、その通りにする。

 もっともオーソドックスな剣の構えから、両手首を右に寝かせて刃先で地面を指す。

 同時に、空を切るようなつもりで全力でもって振り上げた。



『―――斬るっていう動きをする時は、武器持つ手と手首は90度直角をずっと維持する、これが重要なんだよ―――』


 シュラ……ンッ!! 


 それは、シャルーアにしては上出来の一閃だった。空中で真っ二つに切り裂かれた砂のリビングゴーレムは左右にパカッと割れたかと思うと、滝のようにサラサラと落ちて砂漠へと還る。



 シャルーアはそのまま振るった刀の勢いと重さに耐えきれずに引っ張られ、ポテンと後ろへコケた。




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