第83話 二人の大漢猛者




――――――ジウ王国、西部方面軍基地。



 長期戦争を見据えて新たに建設されたこの基地は、こじんまりとしつつも見上げるほどの高さを持った、堅固な要塞のような迫力ある造りをしていた。

 その様から、ジウ王国が西に向けている野心の強さがうかがい知れる。


 そして、その門前にてひと悶着が起きていた。




「ええい、帰れ帰れ! 貴様らのような怪しい浮浪者、将軍がお会いになるワケがなかろう、とっとと失せろ!!」

「浮浪者とかひっどーい! ミルスさまっ、アイツあんな事いってますよ! 失礼にもほどがあるってもんよねっ!?」

「落ち着いてラージャ……話が余計にこじれるから、ちょっと黙って。ミルス様、取り付く島もありません、ここは引き返しましょう」

「むう、しかしだなフゥーラよ。刻一刻と悪化する状況は待ってはくれんぞ、ここで引きさがっていてはだな―――」


 アズドゥッハの件以降、ファルマズィ=ヴァ=ハール王国を後にして再び諸国を巡りながら活動続けていたミルス一行は今、対ファルマズィ侵攻に備えたジウ王国軍に接触をはかろうとしていた。

 (※「第29話 非常識なるも不可思議な術」参照)




  ・


  ・


  ・


「もー、ホント軍人って頭かったいよねー。ちょっとくらいお話聞いてくれたっていいのにさー」

「そう簡単にはいかないのよ。ラージャだって、ミルス様に怪しい者が近寄ってきたら警戒するでしょう? それと同じ……向こうからすれば私達は怪しい連中にしか見えないから」

 フゥーラに言われても納得いかないと言わんばかりにラージャがぶー垂れる。ハッキリ言って、ミルス達の活動の成果は芳しくなかった。


「いずこの国も気が針の如く鋭く立っている、どうにも妙な流れよな。ううむ……」

 ミルス達は各国を巡り、凶悪な魔物を退治してはそれなりに名あげ、その国の中枢や軍に接触を試みてきた。


 ところがこのジウ王国に限らず、なぜか周辺諸国のいずこであっても、彼らが国の上位者たちに面会する事はかなわず、門前払いされてばかりだった。


「何かがおかしい。それは間違いあるまい……いかに戦争に向けて気を張っているといえど、ここまで部外者を断絶しようとは、不自然極まりない」

 そもそも本当に警戒の意味で部外者を完全シャットアウトするのなら、国境を越える時点でストップだ。

 だがミルス達は普通に旅人として越境できているし、その際に問題も起こっていない。


 ところがこうして国の偉いさんや軍の拠点などを訪問すると、何者であろうと部外者はお断り、と言わんばかりの対応を必ずされる・・・・・


「いかが致しますかミルス様? 当初の目的がまるで果たせておりません、このままでは……」

「うむ、戦争を避けることが難しいのであれば、次善の策を考えねばならぬところなのだろうがな。国の王どころか将軍との面会すら叶わぬとなると―――」


 ミルス達が頭を悩ませながら最寄の町に向けて歩いていたその時、


「もし、そこのお三方―――」

 突然、声をかけてきた者がいた。







―――――ジウ王国西部の地方都市、アル・マディーナの食事処。



「ほう、諸国を……それは大変な旅路ですな」

「そーなのっ! モグモグモグ……もー行く先々さ、ングング……ぜーんぜんラージャ達の話聞いてくんないしっ」

「ラージャ、食べながら話さないでください。まわりに食べかすが飛び散ってますから」

「しかし此度こそは完全に無駄足とはならずに済みそうだ。ゴウ・・殿に会えたことは、神の思し召しとやらかもしれん」

 食事の席で賑やかな、やや騒がしくもあるミルス達と対面して座ったのは他でもない―――ジウ王国のサーレウ=ジ=マーラゴウグゥ将軍その人であった。


 二度のファルマズィへの潜入以来、彼は時折こうして市井しせいに出ては、行き交う人々から話を聞くことを日課にしていた。

 (※「第32話 焦がれる敵国の将」「第37話 妖精の君」など参照)


 もちろん狙い目はジウ国外から来たと思われる旅人などだ。諸国の情報は今後の軍事作戦にも十分に利用できる。

 もちろん自分が将軍である事は明かさない。しがない軍人であると名乗り、かつてファルマズィ潜入の際にも使った偽名ゴウを名乗る。


 そして改めてその体躯に似合わぬにこやかな表情を作ると、ミルス達に言葉を投げかけた。


「しかし、聞けば聞くほど驚きだ。まさか戦争をさせぬために各国を巡り、魔物を討伐しておられるとは」

「魔物の討伐はその国の王との面会をしやすくするため……だったのですが、アテが外れたと言わざるを得ません」

 フゥーラが残念そうに吐露し、汁物を賞味し始める。彼女の言葉を引き継ぐようにして、今度はラージャが話し出した。


「どこもかしこもさー、どんなにアタシらがヤバイ魔物倒してあげても、ぜーんぜん感謝もなんにもないし。もープンプンものだよ!」

「面会するアテがなかった故、魔物を倒すことによってその国に貢献すればあるいは……とも思っていたのだが、目論見は甘かったと言わざるをえんな、残念なことだが」

 ミルスがヨシヨシと頭を撫でてラージャを慰める。 

 その様子にほっこりしたものを感じつつも、ゴウは彼らの話から自分も違和感を感じていた。


「(我がジウだけでなく、ファルマズィ周辺全て・・というのは、確かに奇妙な話だな?)」

 全ての諸国が戦争に向けて準備をしているわけではない。

 ジウ王国は明らかにやる気でいるのでピリピリするのは当然だとしても、各国でそれぞれのファルマズィに対する事情は違うはずだ。


 ミルス達が感じている奇妙な何かを、ゴウもまた間接的に感じつつあった。




「ねー、ミルスさま。こーなったらさー、一度ファルマズィに戻ろーよ? もしかしたらシャルーアちゃん・・・・・・・・、ミルスさまの子供を妊娠してるかもだし」

 ラージャの一言で、真剣に考えを深めつつあったゴウの思考は、見事にぶち壊される。


「んな!? ……え、え?? こ、子供…妊娠とは、ミルス殿??」

 これがもし、見ず知らずの女性がその相手だというのであれば何とも思わない。むしろ祝いの言葉の一つも送るところだろう。


 しかしラージャが上げた相手女性の名前に問題があった。


「ああ、驚かせて申し訳ない、ゴウ殿。いや……妻がいるわけではないのだが、行きずりで少々、そういう事がありましてな。もし我が種が付いたのであれば今頃、相手の女性は妊娠しているかもしれぬという話であって、本当に子が出来ているかどうか確実なことではなく、実際に確かめるまで何とも―――ゴウ殿?」

(※「第30話 夜を越える紅玉のぬくもり」参照)


 ミルスの声は、おそらくほとんどゴウの耳に届いていない。


 巨躯の彼が、椅子から立ち上がった状態で停止―――燃え尽きたぜ真っ白に状態で意識が完全にどこかへと飛んでいってしまっていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る