第82話 女王と従者の異国道
ファルマズィ=ヴァ=ハール王国と西隣諸国は基本、仲が悪くない。それでも表向きは侵略の野心を隠して、好機を狙っている国はあるだろう。
あるいは国家としてはそうではなかったとしても、内部にそうした侵略による版図拡大を良しとした意見がないとは言えない。
――――――ワダン=スード=メニダも、そんな内に怪しい動きを抱えた国の一つであった。
「存外、何とかなるものよな」
軽く国境を振り返る彼女は他でもない、ワダン国の女王本人であった。
「装いはまるで違いますし、この “ ウィッグ ” なるものも素晴らしいデキです。まずおバレになる事はないかと」
「その言葉使いはやめい。今のわらわはワダンが一国民、ア=ナーディアであるぞ。ナーダでよい」
「これは申し訳ございません、女王―――んんっ、ナーダ様。ですがナーダ様もお言葉使いのほど、お気をつけになられませんと」
「ああ、それもそうか。わらわ―――いや、
「かし―――分かりました " ナーダ "」
確かめ合うように幾度か会話を交わすと、ナーダは良しと頷く。
そしてあらためて自分の付けている
「しかしコレは、今まで
「彼も悪気があって色々持ってくるわけではないでしょう。ですが実際に役に立ったという意味では確かにその通りですね」
二人は恰幅のいい小心者な大臣の姿を思い浮かべる。男としては軟弱であるもののアレが上手く立ち回り、頑張っている事はよく知っていた。
(※「第12話 ワダン王国の矜持」参照)
「今回のナーダの無茶で、今度こそ彼の胃に穴が空いたかもしれませんよ?」
「かもしれんな。普段より私と馬鹿どもの板挟みで苦労かけているのは間違いない。それも分った上で甘んじておるのだ、アレは忠義の徒……いつかは報いてやらねばな」
おしゃべりしながら歩く姿は、傍目には旅の女性二人組といった感じで不自然さもない。仮に彼女らをよく知る者が見たとしても、まさかワダンの女王と御側付きの侍女だなどとは、夢にも思わないだろう。
「さて、それはそれとしてだ。ファルマズィにゆく以上、なるべく見れるモノは見、聞けることは聞き、やれることはやらねばならぬ。滅多にないこの機会……しかと利用するぞ」
「はい、もちろんでございます。でも忘れないようにしてくださいね
「分かってお……いる、お前もな " ジャスミン "」
互いに油断するとまだ、言葉の節々にボロが出てしまう。意外と難しいものだと笑いながら、二人はファルマズィ=ヴァ=ハール国内の町を目指して歩いて行った。
――――――翌日。
「……ふむ。なかなか良い国だが」
ナーダは周囲を警戒しながらシミターを鞘におさめてゆく。
広く売られている既製品と比べ、やや長めの刀身にシンプルな宝石装飾が施されたほどほどの一品。
小枝を振り回すように苦も無く扱うその姿は、確かな剣の腕前を感じさせる。
「魔物の増加はどうやら本当のようですね」
ジャスミンも両手で持っていた槍を背負い直す。ナーダに比べると持っている荷物の多い彼女だが、とても軽やかな動作だった。
「うむ。たかだか20km程度の道程で7度の会敵は、明らかに高頻度に過ぎる。小物ばかりならまだ分からぬでもないが、そこそこ大物も混じっていた。この国の治安が低下しているは確実であろうな」
武器をおさめても二人は周囲を伺い続ける。はるか遠くまで気配を探り、油断なく移動を再開した。
「それで、この後はいずこに向かいますかナーダ?」
「このままファルマズィの首都に向かうも良しと思っていた。しかしこの様子では今、首都近郊は警戒が厳しかろう。容易く身元を暴かれぬとは思うが……そうだな、先に北方を目指すとしよう」
情報通りならばこの治安悪化は、この国の平穏を守っていたという“ 御守り ” とやらの喪失にある。
ナーダは、可能であればその実情を掴みたいと思っていた。
「追加の情報によりますと “ 御守り ” は北と南の二つがあり、“ 北の御守り ” とやらが失われたがための今……という話でしたね」
「ああ、周辺諸国でも特に野心深い南のアサマラと東のジウがいまだ動いていないことからも、まだ“ 御守り ”とやらは完全には失われてはおらぬと見える。だがヤツらが大人しく見ているだけで終わりはせんだろう」
もしファルマズィが抜かれてしまえば、次は自分の国がその侵略意欲旺盛な国と隣接する事になる。
この国がそうした諸国と渡り合えるのかどうか、滅ぼされるとしたらどれだけ持ちこたえられるのか?
ワダンも内に野心ある不穏な者たちを抱えている。明確な敵が隣へとすり寄ってくる前に自国の問題を片付けたいところだが、そのための時間的な猶予はいかほどか?
「(ファルマズィがジウやアサマラを抑えきれるのであればそれが最良だが……)」
入国してからの魔物遭遇率の高さを見るに、国内ですら手が回っていないこの国に、その望みは薄い。
可能性があるとしたら、その自慢の" 御守り " とやらだ。
「では北方を目指すということで、まずはこの先の町で準備を整えましょう」
「うむ。我が影武者もひと月は任せておけるであろう。だが帰りの時間も考え、この国での最大滞在期間は2週間ほどとするぞ」
二人は一路、砂の街道を北に進路取って異国の地を進んでいった。
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