第80話 妄語を語らば妄語で流す




 ウェネ・シーの本来の勤め先であるスルナ・フィ・アイアの小さな酒場。そのマスターことカッジラは、腰こそ曲がっていても旺盛に気を吐く御仁だった。



「いやー、あの調子だと問題なさそうだな」

「だな、すげぇ元気なじいさんだったぜ」

「むしろ俺らを追い返す勢いだもんな、気が若いっつーか荒いっつーか」

 ジューバへの帰り道。傭兵チームは無事にお使いを終えて、安堵していた。

 (※「第72話 お仕事.その6 ― 砂の三獣 ―」参照)


 それでも、行きに出くわした妖異たちのこともある。リラックスしているようでいて、油断はしていなかった。



「(中堅どころの、成熟してきたチームという感じだな)」

 ある意味、リュッグには仕事を共にする上で丁度いいレベルだった。


 ハイレベルな傭兵とのチームアップは必然、リュッグがサポートに回ることが多くなる上、難易度の高い仕事に挑むハメになる。

 一方でレベルが低すぎる傭兵とのチームアップだとお守り役になる上に、積極的に引っ張ってやらないと仕事がスムーズに進まない。


 なので今回組んだ彼らは、一時肩を並べる同僚としてはベストだった。手がかからないだけの実力も知識もありつつ、必要に応じて互いに協力もしやすい力量差……結果として、先の妖異との遭遇にしても依頼にしても、スムーズに事を進めることができた。




「そういえばリュッグさん。管理組合やくしょには一体何用で? 別件の仕事ですか?」

 スルナ・フィ・アイア到着後、リュッグはカッジラへの見舞いと手紙配達は彼らに任せ、一人で町の役所へと足を運んだ。


 その目的は他でもない、シャルーアについてだ。


「ん、ああ。まぁそんなところです、一応守秘ってことで」

 そういって、にこやかな表情ながらもシーと口前に人差し指を立てるジェスチャーをする。

 傭兵が請け負った依頼は基本、部外者に話してはいけない。中にはデリケートな依頼内容であったりもするからだ。

 もちろん傭兵ギルドで請け負った仕事ではないが、そう装うことでリュッグはこれ以上の詮索を牽制した。


「(あまり巻き込むわけにもな……彼らの気質からして、話せば協力はしてくれるだろうが―――)」




―――

――――――

―――――――――


『―――シャルーアさん、ですか?』

 軽く訊ねた瞬間、管理組合員スタッフの顔色が変わったことを鋭く察知したリュッグは、用心して適当な嘘を混ぜることにする。


『! ……ええ。かなり昔ですが、旅先で助けてもらった人の娘さんがこの町に住んでいると聞きまして。訪ねたいと思ったのですが』

 もちろん作り話だ。しかし組合員の反応は、明らかに隠しごとがある者のそれ。ここで正直にこちらの事情を話すのは、シャルーアに危険が及ぶ可能性が高いと、リュッグは判断した。


『………』

 組合員は黙したままパラパラと資料めいたものをめくり、情報を探す素振りをする。だがリュッグは観察からそれがブラフ行為だと気付いた。


『(こいつ……何か事情を知っている、あるいは加担している・・・・・・な?)』

『……申し訳ございません、現在そのような名の住人は、このスルナ・フィ・アイアには存在していないようです。いずこかへと引っ越されたか、あるいは亡くなられたかと……』

 ならばその情報もあるはずだ。何のための管理組合か? しかし組合員の態度はあからさまにさっさと帰ってほしいと言わんばかり。


『そうか、それは残念だ……ではこれで失礼するよ』

 リュッグはいかにも訪ね人がいなくて残念だと言わんばかりの演技をしながら、管理組合を後にした。


―――――――――

――――――

―――



 魔物との戦闘の疲労を癒したり消耗した道具の補充などを理由に、スルナ・フィ・アイアに2日滞在。

 念のため、その間に管理組合を通すことなく、また目を付けられない範囲でリュッグはシャルーアの事について独自に調べ回った。


 しかし分かったことは少なく、やはりというべきかシャルーアが自分の生家を追い出されたという、かつて本人から聞いた情報以上のことは分からなかった。


「(―――だが、シャルーアが生家を追われた事について管理組合が……もしくはあの組合員個人かもしれないが、とにかく何かを隠しているのは間違いない。それもあからさまに後ろめたいものを)」

 そう確信したリュッグは、今はまだスルナ・フィ・アイアにシャルーアを連れて行くことはやめておこうと判断。

 ジューバの町に戻った後の、次の行先について確定させた。



「んん? ……リュッグさん、何か感じませんか?」

「ああ、誰かこちらを伺っているな。ヨゥイではないようだが……気付いてなかったか? 行きも同じように伺っているやつがいたよ」

 姿を見たわけではない。だが遭遇した魔物以外の生き物の気配を、傭兵達は感じていた。


「え、行きもですか!? ……誰かに監視されていると?」

「さて、同じやつかどうかまでは分からない。まぁ賊の類だとは思うがな、特別俺達を狙っている、というわけでもないだろう」

 さすがに " 誰かが自分達を見ている " ことが分かるだけ。傭兵達にとっては事前に危険を察知するためなのでそれで十分なのだが、リュッグだけは気味の悪い感触を覚える。


「(あの管理組合員の怪しい態度もあって、嫌な推測をしてしまうな……)」

 もしかしたら今見ている奴も関係あるのかなど、組織的な関与などを考えずにはいられない。


 もしかするとシャルーアは、根深い “ 何か ” に関わっているという可能性だって否定できない。本人に心当たりは何もなくとも、どこかの誰かにとっては彼女の存在自体に、都合の悪い事情がある……なんて想像も出来てしまう。


「(……やはり今はまだ、シャルーアを連れてスルナ・フィ・アイアに近寄らない方が良いだろう)」



 自分達を伺う者の存在に気を付けながら、傭兵達はジューバに向けての復路ふくろを油断することなく歩いていった。







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