悪欲の徒は踊る
第71話 悪欲は地道にも穴を掘る
ジューバの町から西へ2km。ここには旧ジューバの村跡がある。
「随分と荒れている、
ローブの男・バラギは、ジューバの町には直行せずにこの誰もいない村跡へとやってきていた。
100年ほど前までジューバはこの地にあった。今のような活力に満ちた町ではなく、小さな田舎村でしかなかった。
それが当時この地に移り住んだ金持ちが、自分の居住環境として発展させるために投資を行った結果、出来たのが現在のジューバの町である。
やがて、誰もが利便性と住み心地の良い新しい町へと移っていき、故郷にしがみつく頑固な世代がこの世を去ったのを最後に、この村からは完全に人がいなくなった。
今では村であった痕跡と、崩れた家屋の瓦礫が散乱する忘却の地と化している。
「やあ、よく来てくれたね。こっちだよこっち」
「頼んでおいたこと……進みは芳しくないようだな、ヤーロッソ殿」
ヤーロッソ=オク=ウラオス。
かつてシャルーアから、財産も家も彼女の何もかもを全て奪い尽くした上で捨てた外道であり、異国の貴族家から病弱なルシュティースを妻に迎えた男。
エウロパ圏に多い典型的な白人系の貴族だが、ほぼ没落貴族状態の家の末息子に生まれた事もあって、幼い頃から欲に忠実に生きてきた。
実家のウラオス家自体は潰れてしまって家族は散り散りになったが、当時10代前半だったヤーロッソはむしろ清々していた―――貧乏な家族を捨てることができてラッキーだ、などとその考え方は少年期から既に外道の域に踏み込んでいた。
色々あってウラオスの家名と貴族としての地位こそ受け継げたものの、家もなければ土地も権力もない、名ばかり没落貴族そのもの。
成上ってやろうと多くの悪どい行いに手を染めたが、ヤーロッソにはある意味で悪人の素質があった。
彼はポジティブなのだ―――良心の呵責を覚えることもなければ、己の行いを省みて沈んだり反省するといった事がない。
しかしながら、稀代の悪人になれる才能があるわけでもなければ、これといった特技も持たない。どこまでも暗愚にして自分本位、そしてそうあるということに自分自身で気づくこともないその性格。
まさにバラギ達にとっては、何も核心を教えることなく下っ端として扱える
「ふっふっふ、そうでもないともさ。まぁこれを見てくれないかい」
「? ……ほう、地下を。これはこれは、また随分とらしくない気の回し方をされたものだ」
「意地悪な言い方だな、ジューバの住人に目立たない方がいいと言ったのはキミの方だろう? そのリクエストにお応えしてあげたんだ、感謝してもらいたいね」
バラギは、かねてよりヤーロッソにいくつかの仕事を頼んでおいた。
その一つがコレだ。ジューバの町の辺りに滞在できる専用の場所―――できれば密かな会合や交流が可能であればなお良し。
言ってしまえば拠点だ。先の不快な波動の広がりを受け、北の “ 御守り ” の復活を警戒し、自分達がこの国の北方域での活動拠点となる場所を確保させるために、ヤーロッソを動かした。
「ちなみに地上の村跡も、土地ごとごっそり僕が買い取っておいたよ。そうすれば、ジューバの町から誰も近づけないようにもできるしね、私有地だしさ」
「……一体どうなされた? 貴殿がそこまで気を回すなど、嵐の前触れではないのか?」
「おいおい、僕だってこのくらいはやれるさ。むしろお安い御用だよ、金はたんまりとあるんだからね、ハッハッハ」
他者から奪った財産を誇るその態度に、バラギはある種の安堵を覚える。ああ、いつもの
「(まぁ仕事として頼んだのだ。より良い結果を残そうと、気を利かせてもおかしくはないかもしれんが)」
あるいはここでヤーロッソを始末してしまう事も考える。
だが馬鹿笑いするその態度はいつも彼だ。皮肉にも愚かであることが、ヤーロッソの命を長らえさせる。
「ともあれ上々だ。……これは仕事への正当な評価としておさめるといい」
どこからともなく、ヤーロッソの足元にドシリと重そうな袋を3つ置くバラギ。それはまごう事なき大金が入った袋だ、一般庶民なら庭付きの十分な家が3つ買えるレベルの。
「……! いやあ悪いね、そんなつもりじゃなかったんだけど、僕が気を回したことで逆に気を遣わせたみたいでさ、ハハハッ」
明らかに上機嫌になる。なんとも分かりやすい。
「(金はいくらでも欲しい、と。フン、こんな金属の薄盤に高価値を見出すなど、相変わらず愚かな生き物よな、人間というものは)」
同じ金に目がくらむ者としても、まだハッジンの方がここまで露骨ではなかった。欲深い―――なれどその欲深さゆえに、金さえつめば手足となって動いてくれるのだから、大変に都合がいい。
「……さて、それではもう少しばかり
「! ああ、もちろん。時間は取るけれど任せてくれたまえよ、ハハハ」
大金を払った直後に更に頼み事。しかも言葉にそれとなく意を含ませれば、愚か者が考えることは皆同じ……すなわち更なる追加報酬の予感だ。
思わずニヤリとしてしまいそうになるほど簡単すぎて、バラギは意識して自分の表情を能面に抑えた。
「ではお願い致しておきますぞ。私は他に用事がありますので」
バラギは改めて、ジューバの町へと向かう。
自分の、常人には決して見えはしないはずの仕掛けを、看破しうる可能性を持っている者として――――――傭兵リュッグを探し出すために。
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