邂逅
第51話 お仕事.その5 ― 毒角の獣 ―
リュッグの入院と退院、そしてリハビリ期間を経て1ヵ月……
ワッディ・クィルスの町の出口に二人は立つ。
「準備はいいかシャルーア? 忘れ物は?」
「はい、ございませんリュッグ様」
二人は復帰後の最初の仕事にこれから出かける。出かけるのだが……
「シャルーアちゃーん、気を付けてねっ」
「怪我しないようにな、無理すんじゃねーぞ!」
「てめぇコラ、おっさん。シャルーアちゃんに傷一つ付けてみやがれ、ただじゃあおかねぇからな!?」
やたら見送りが多かった。
リュッグが入院している間にできた、シャルーアのファンたちである。
「……何がどうなって、こうなったんだ?」
「さぁ……
シャルーア自身も困惑気味だ。本人に人気が出るような事をした自覚はこれっぽっちもないのだろう。
つまりリュッグの入院中、シャルーア自身は何も変わった事はしておらず、彼女自身の自然体のままだった。
にも関わらず、結果として町の男たちに好かれるようになったということで―――
「―――ま、まぁいいか。嫌われるよりは好かれている方がマシだろう。では行こう、俺も病み上がりだ……元より無理をするつもりはないがシャルーアも気を緩めるなよ」
「はいっ」
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ワッディ・クィルスから南西に1kmほど行ったところに、小さな植林地帯があった。今回の仕事はそこに出没した魔物、エルミラッジャの駆逐である。
「エルミラッジャ、というのはどのようなヨゥイなのでしょうか?」
「アルミラージという角を持ったウサギのような獣がいる。この国や近辺地域には生息していなくて、少し遠方からその亜種とも言うべきものが流れてきた。そしてこの国に定着した獣をエルミラッジャ、と呼称するようになったんだが」
獣にとって、やはり緑のある地は生活の場として有望。砂や荒野の多い地において、緑化政策の一環で作られたその植林地は、まさに住処には打ってつけだったことだろう。
「元のアルミラージとは似ても似つかない姿をしていてな。動きが遅くて獰猛そうな見た目より対処しやすいのが特徴だ。ただし、エルミラッジャは角の表面に毒を持っている、なので基本は距離を取りながら戦わなければならない。……この点はよく覚えておくようにな」
「はい、角に触れないようにすればいいのですね?」
「ああ、そのためにも今回は―――」
リュッグは荷物からズルリと長めの棒を引き出した。長さは90cmほどで、それが2つ折りになっている。
「この槍と、そしてムチを使う。シャルーアはこれを持て」
そう言ってリュッグが渡したのは、かなり簡素で最低限の造りのムチだった。伸ばせば最大で2mはある革のムチは、これといった装飾もなく本当に地味で安物感のある一品だった。
「シャルーアはムチで脅しをかける攻撃役だ。身体を直接打つか、近くの地面を叩いて大きな音を立ててくれればいい。……もしも相手の身体に絡んだ場合はムチを手放すこと。安物だから失っても損はない、分かったな?」
「分かりました、がんばってみますっ」
リュッグが仕事で、攻撃を行う役目を担わせようというのは今回が初めて。徐々にでもシャルーアの成長を促すためだが、同時に昨今の
「(まったくの未熟、だがそうも言っていられない。俺が遭遇したような難敵にまた出くわさないとは言えんしな……)」
実戦経験を積み重ねさせ、武器を扱う練習を施してやらなければならない。万が一自分に何かあってもシャルーアが生き残る事ができるように……
「リュッグ様、アレがエルミラッジャですか?」
シャルーアが指さす方向に、ワニのように厚手で胴長ながらネコ科の猛獣のような顔立ちと、螺旋状の角が額から伸びているという珍妙な姿の獣が、10mほど先の茂みの先に横切ろうとしているのが見えていた。
「ああ、間違いない。何もしなければ積極的に攻撃してこないヤツだが、気に行った場所を一度縄張りにしてしまうと、そこに入ってくる人間や他の動物も捕食対象にしてしまう。アレがのさばるとこの植林地から生き物がいなくなってしまうんだ」
自然の緑を取り戻すためには草木を植えて育てるだけではダメだ。そこに自然のサイクルを作り出すための
しかしソレらをすべて排してしまうような魔物いるとなると大問題だ。駆逐しなければこの植林地の環境は崩れ、やがてダメになってしまうだろう。
「……よし、いくぞシャルーア。まず俺がこの槍で一突きする。相手がこちらに敵意を見せたらムチを振るえ。それで怯めば、そこをまた俺が突く……これを繰り返す、わかったな?」
「はい、よく見てしっかり打ちすえてみますっ」
エルミラッジャとの戦いは、理想的に終えることができた。
リュッグが槍で突いてダメージを与える。エルミラッジャがリュッグに対して激しい敵意を見せ、攻撃せんと構えた瞬間、シャルーアがムチをパシンと小気味良く打ち鳴らして怯ませる。
リュッグが10度も槍を突き刺す頃にはエルミラッジャの動きは完全に止まり、低い唸り声のような断末魔をあげながら、ゆっくりと絶命した。
「……」
何となくリュッグは思う。シャルーア自身はそういうタイプではないし、雰囲気も性格も真逆。しかし戦闘中にムチを振るう少女の姿に、何となくだが女王様をイメージしてしまった。
生まれ持った品格―――本人にも自覚のない王にも繋がりえる潜在的な風格が、見る者にそう思わせるのだろう。
「(……やはり、どこぞのお偉いさんのお嬢さんなんだろうな)」
生家を追われた顛末こそ聞いてはいる。しかし、具体的にどこの家のどなたなのか、その身分や立場などを根掘り葉掘り詳しく聞こうとしたことはない。
エルミラッジャの絶命を念入りに確認しつつ、リュッグは今後のためにも一度、シャルーアの身の上について真剣に考えるべきかもしれないと思っていた。
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