第52話 町のアイドル




「シャルーア、次の行先が決まった。ジューバの町だ」

「ジューバ……」

 彼女は聞き覚えのある町の名前に深く反応した。



 自分の故郷の隣町―――小さい頃、両親に何度か連れて行ってもらった事もある。覚えていないわけはなく、幼少期の思い出がよみがえる場所。




「ギルドから連絡が入っていてな、紛失した剣がジューバのギルドに届けられたそうだ。だがワッディ・クィルスまで送るのが今は難しいらしくてな、こちらから取りに行くことにしようと思う」

 情報自体は伝書用の鳥でやり取り出来ても、魔物の出没増加で治安が悪化している道中、なかなか荷の郵送が難儀になりつつある世の中。

 いかに剣1本といえど、距離のあるお届け物ともなると、なかなか運び手が現れない。


 剣自体はそこそこ前にジューバの町のギルドが受け取り預かっているらしいのだが、シャルーアに捜索依頼を出してもらったタイミングと、ギルド間の定期連絡のタイミングが運悪く合わなかった。

 更にはワッディ・クィルスとは距離があるため、情報の伝達は遅れに遅れ、1ヵ月近く経過した今、ようやくリュッグの耳に届いた。



「ここからだと距離があるから途中、いくつか町を経由して慌てずに向かう。魔物との不意遭遇も考えられるから、行動計画と準備を入念にして行くとしよう」

「はい。では……まずはお買い物でしょうか?」

「いや、その前に酒場に向かう。俺の時のように未知の妖異ヨゥイに遭遇なんて可能性もあるし、二人旅は危険だ。途中まででも構わないから、同行してもらえる人を探そうと思う。シャルーアはギルドに行ってもう一度確認と、最近のこの辺りの治安についての情報を聞いてきてくれ」




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 ・


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 こんな情勢だ。誰も危険な遠出などしたくはないだろう―――


 リュッグは道中の安全性を高めるため、一時的な仲間を探そうと考えはしたものの、なかなか見つからないだろうなと難航を予想していた。


 ところが……



「オレ! オレッ! オレが行ってやるぜ!!」


「何いってやがる、俺が行くに決まってんだろ! 弱っちいのは黙ってろい!」


「ハイハイッ、僕をぜひともっ、お役に立てますよっ」


「お前ら落ち着け……この案件、何をどう考えても最適解はこの俺様だけだろが」


「ざけてろバーカ。おいオッサン、当然誰を連れてくかは、言うまでもなく分かってんだろ?」


「テメェらいい加減にしろっ、ついていくのは最初からこの俺に決まって―――」


「「「ンなわけあるかっ」」」




 客同士で半乱闘状態。店にいた野郎ども全員がリュッグに波となって押し寄せ、自分を連れてけとわめいてくる。

 完全に予想外の展開で、リュッグは上体を後ろに反らしながら困惑していた。


「(なんなんだコイツら?? そんなに仕事にこと欠いている……という風にも見えんが)」

「アッハッハッ! 昼間っからバカ晒してんじゃないよアンタ達。ホント、がっつく男はみっともないねぇ」

 戸惑うリュッグの後ろ、酒場の入り口から女性の声が響き渡る。

 そこに立っていたのはオキューヌと、彼女に随伴する兵士たちだった。


「ったく、騒がしいから覗いてみりゃなんだい? 普段から飲んだくれてまともに働きもしない酔っ払いどもが、ここぞとばかりに……その鈍った腕をどーにかしてから出直しなよ。―――で、アンタがリュッグだね?」

「あ、ああ、そうだが……この町の治安部隊の方か?」

 オキューヌ自身は気のいい姉御肌な雰囲気の女性だが、お供の兵士から感じられる練度の高さから、ただ者ではないとリュッグは軽く警戒する。


「いちおー、この国の偉いさんって奴の末席さ。東護将の1人でこの地域の守護を担ってる……おっと、だからって面倒な礼儀だ作法だなんてのは不要だよ。ぜひとも気軽に “ オキューヌさん ” と呼んでおくれ」

 そう言うと堂々と腰に両手を据えて胸を張り、ウィンクを飛ばす―――なるほど、人当たりは良く、身分を笠に着ない気持ちのいい御仁だとリュッグは判断した。


「そういうことなら今後、そう呼ばせてもらいます」


「んで? これは一体何の騒ぎだい……ああ、別に尋問じゃないから簡単に答えてくれりゃオッケーだよ」

 聞かれたリュッグは、遠くの町まで移動するにあたり昨今の魔物の危険を考えて一時的に同行してくれる仲間を探さんとして酒場にきたと端的に伝えるも、オキューヌは眉をひそめてリュッグと客の酒飲み野郎どもを幾度か見比べた。


「……そいつぁヘンだね? この飲んだくれどもが危険を承知で張り切るなんざ、どーゆー裏があって―――」

 しかし謎は即座に解明される。


「リュッグ様、まだこちらにいらっしゃるでしょうか? ギルドの方から最近の魔物の出没地点を記した地図――ハザードマップ――というモノを頂きましたので、お持ちしました」


「「「ゥオオオオオッ!! シャルーアちゃぁぁぁん!!!!」」」


 刹那、野郎共の雄叫びで生じた空気の揺れがリュッグとオキューヌらを叩きのめした。それは猛烈な風となって吹き抜け、入り口から酒場の中を覗くようにしていたシャルーアにも届く。


「? はい、わたくしめに何か御用でしょうか??」

 自分の名前を叫ぶ男達に、律儀に応える少女は不思議そうに酒場の内部を見回した。


 オキューヌは成程と納得しながら頭を抱える思いで、コケそうになって崩れた体勢を整え直す。


 一方でリュッグは “ 何事?! ” という顔で、この理解できない状況についていけず、片膝を床についた状態から立ち上がろうとするよりも先に、シャルーアと酔っ払いたちを交互に見比べずにいられなかった。





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