第68話 遭遇する褐陽と白水の姫
――――――ジューバ。
ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の北方に位置しており、シャルーアの故郷であるスルナ・フィ・アイアからおよそ10kmほど南にある、隣町といって差し支えない町である。
古い都市のスルナ・フィ・アイアに比べて、規模こそ小さいものの新しい風が吹いており、商業的に発展していて活気がある。
当然、シャルーアも幼い頃に両親に連れられて訪れたことのある、懐かしい思い出の地であった。
「よし、宿の手配は済んだ。ギルドに剣を受け取りにいくとしよう」
「はい、リュッグさま」
変わらず素直で大人しく従ってるシャルーアだが、いつも通りの平坦な感情を思わせる表情に僅かながら、複雑な気持ちが垣間見える。
自分の知っている町だからなのか、それとも故郷の思い出が辛いのか……
「(あるいはその両方……か)」
ワッディ・クィルスにも劣らない活気があるが、あちらのような怪しげな雰囲気や気配は感じられない。
宿を出て歩き見る町の人々は爽やかで活力があり、明るい夏の漁師町のような気風を感じさせ、治安面の不安はまったく見られない。
にも関わらず、シャルーアはどこか居心地が悪そうだ。むしろワッディ・クィルスの町中でこそ取るべき周囲を警戒するような意識が、その視線の動きに見て取れた。
「(いつも通りに見えても、やはり思うところアリ、か。ふーむ……)」
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ジューバの町のギルドに行くと、無くした剣があっさり手元に戻ってくる。一応はここまでの旅の目的の一つなわけだが、かけた時間と労力を考えるといささか拍子抜けするほどだ。
「剣がお戻りになって何よりです、リュッグさま」
「ああ、正直拾ってくれた人が良い人だったみたいで助かったよ。これほどの武器だ、そのまま盗まれていてもおかしくなかったからな」
世の中とはそんなものなのだ。
物事を性善説を根拠に他者を信じる人間もいるが、大半は大なり小なり自分の利を第一として動く者ばかり。
誰かの落とし物が金になるとわかれば遠慮なく売り飛ばすし、使えるものだと思えば平然と用いる。
か弱い女が一人でいれば容赦なく押し倒されるし、傷ついた男がフラフラしていればぶん殴ってみぐるみを剥がれる。
この世とは、相応に強くあらなければ渡り歩いていけないのが現実だ。
「(そうだな―――)―――よし、シャルーア。とりあえず剣も受け取ったことだ、今日はこれから自由時間としよう」
「? 自由時間、ですか??」
「ああ、この町ならワッディ・クィルスにいたような怪しげな輩もいないだろう。それにシャルーアも知っている町なんだろう? 小遣いをやるから自由に町を散策し、好きなものを買うといい。だが夕方には宿屋に戻ってくるんだぞ」
リュッグはそう言って、小さめの小袋にある程度のお金を移してシャルーアに手渡した。
これは教育の一環だ。先のワッディ・クィルスでも一人行動はさせたが、そうした機会を増やしていくことで、シャルーアの社会経験を成熟させる。
加えて何かしら思うところがある彼女の気分を晴らせてやれれば上々だ。
「(何が気になるのか、何に怯えるのか、何を思うのか……全てを他人が理解することはできない。なら、一人自由な時間を与えるのが一番だ。この町が苦手だというのなら、早々に宿屋に戻って部屋に入るも良し、過去の思い出があるのならそれを辿るもよしだからな)」
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リュッグと別れたシャルーアは、なんだか不思議な気分でジューバの町を歩いた。
「(自由なお時間……)」
別にリュッグといる時でも不自由を感じたことはない。むしろ日頃お世話になっている恩から、もっと何か奉仕させてもらいたいくらいだ。
だから自由な時間と言われても、する事やしたい事など何も思い浮かばない。
シャルーアには自由意志というものがなかった。今をもってしても、自身は拾ってくれたリュッグの所有物であると考えているような娘だ。
むしろ、何か命令してくれる方が嬉しいとさえ感じる―――この自由な時間というものは、今のシャルーアにはなかなかに手に余るものだった。
「……ぁ」
不意に、市場の通りの入り口らしき角を目にして思い出がよみがえる。
両親が生きていた時、まだずっと小さかった自分は、あの入り口のところに出ていた屋台に興味惹かれて、父親の手を引っ張った。
そして通行人にぶつかってゴメンなさいをしたことも鮮明に覚えてる。
「(………)」
涙が溢れそう。両親が亡くなった時に泣いたのと、また違った感情がこみ上げてくる。嫌な気持ちではないけれど、とても切ない。
シャルーアが在りし日の思い出に胸の内を焦がしていた―――その時
トスンッ
「……あっ! ど、どなたかにぶつかってしまいました?? すみません」
か細い声が後方やや下から聞こえる。シャルーアが振り向くと、ぶつかってきたと思われる女性が地面に倒れていた。
小さくか細い、けれど全身を真っ黒な布で包んで、顔もほとんど見えない。
けれど僅かに見える肌は真っ白で、ともすれば白を通り越して水の青さが薄ら混じっているように錯覚するほど病的に白い肌は、衣装の黒との対比もあってまるで輝いてるようですらあった。
「大丈夫ですか?」
シャルーアは軽く目元を拭うと、倒れた女性の手を取って起こす。
「あ、ありがとうございます」
「??」
頭を下げて礼を述べるのは分かる。が、女性はシャルーアのいる方ではなく、その隣の誰もいない場所に向かって頭をペコペコと下げていた。
「! ……もしかして、目がお見えにならないのでしょうか?」
言いながらシャルーアは、女性の持っていたと思われる杖が地面の上に転がっていることに気づき、それを拾い渡した。
「あ……いえ、少しは見えます、ありがとうございます。……夫のお仕事の都合でこの町に滞在しているのですが、供をしてくださった方々とはぐれてしまい―――」
シャルーアは少し嬉しかった。
何もすることがなく、哀しい気持ちになる思い出に心が焦がされる―――それらを忘れさせてくれる、人助けという名のやるべき事ができた。
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