第67話 曖昧が決める優先順位





『本当に申し訳ない、リュッグ殿。できればジューバまで同行したいところだが……』




 ハンム小隊長は、さすがにクサ・イルムの村の件で上に報告し、村人の安全確保および、魔物化した者のケアや治療法の模索が必要と判断。リュッグとシャルーアに同行する事を断念した。


 上司であるワッディ・クィルスのオキューヌに伝令を飛ばさなければならないし、クサ・イルムの村がある地域の守将にもしかと話を通さなければならない。


 村人達は、リュッグらが設営したベースキャンプを中心に仮居住地を広げることで、しばらく生活する事が決定。魔物化した者は村の中の家屋で暮らし、念のための隔離措置もなされた。


 そしてハッジンは、魔物の死骸の片付けという依頼を請け負った張本人として、ギルドへの報告のために近くの町へ数人の兵士と共に走ることになった。






―――結果、リュッグとシャルーアはまた二人旅。街道を北へと歩き、一路ジューバの町を目指していた。


「思わぬことになったな、しかしシャルーアにしか見えなかった “ 黒い煙 ” か……」

「本当にリュッグさまには、お見えになられていなかったのですか??」

「ああ、何も不自然なものは見えなかったよ。アズドゥッハの時といい、もしかするとシャルーアにはヨゥイ達が持つ人の目には見えない何かが分かるのかもしれないな」

 ほがらかに言ってみせるリュッグだが、内心では少し肝を冷やしていた。


「(もし、そんな特異な能力が備わっているとしたなら……どうする? どう教え導けばいいんだ??)」

 至極稀にだが、常人にはない能力を持った人間というのは存在する。もっともその多くは本人にしか分からないようなもので、8割は詐欺や見世物の誇張演出など―――すなわちウソだ。


 だがリュッグ自身は実際に会ったことこそないものの、長年の傭兵生活の中で聞いてきた情報を勘案かんあんすると、何らかの超常的なものを有している人間はいるところにはいるらしい。

 では、なぜそうした常人を超越する能力の持ち主が、もっと注目を集めないのかといえば……


「(周囲にもてはやされるといえば聞こえはいい。しかし、その実態は益を見込んでのすり寄り……利用の思惑があるからだ。特に悪意ある者は目ざとく、躊躇なく近づいてくるだろう)」

 ゆえに、真に非常識な力の持ち主は目立つことを嫌い、人前でそうした能力を使うことをいとう。

 なので多くの人々に彼ら “ 本物 ” が知られる機会というのは滅多にない事なのだ。


「(一番良いのは国の偉いさんに保護してもらう……とかだが、その偉いさんが悪意をもって利用しようとしないとは限らないしな)」

 第一、シャルーアにそうした能力があるとしても、いまいち分からないことが多い。本人にも自覚がないことから確かめようもなかった。




「……シャルーア。もしも次に、不思議なものや妙なものが見えて、他の者には見えていなさそうな時があったら、こっそりと伝えるんだ。もちろん状況が急を要するなら、その限りじゃないぞ」

「はい、わかりました、リュッグさまにお伝えいたします」

 正直、異能力者をどう導き教えていけばいいのかリュッグには分からない。むしろ彼は、長年にわたって情報と理屈でもって人生を渡ってきた常人。異能の持ち主とは真逆の存在だといえる。


 今はとにかく、なるべく妙な現象や行動、あるいは能力といったものを、不特定多数の目や耳に届けないよう気を付けるくらいしか思いつかなかった。




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 ・


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 クサ・イルムの村より東へ4km、メサラマの町。


「やっぱり旦那の仕掛けだったんスね、ビックリさせないでくださいよー」

 この町のギルドに走ってきたハッジンは、駐屯所に向かった兵士達がいない隙にローブの男、バラギと再会していた。


 何か仕掛けたという事は、現場にいないのであれば一番近い町や村にいる―――それはこれまでもそうだっただけに、ハッジンは迷う事なく彼を探し出すことができた。


「驚く驚かないはお前の勝手、私がいちいち気にすることではない」

「そ、そりゃそうかもですけども……でも、兵士にも魔物化しちまった奴が出て、大騒ぎになってますけど、大丈夫なんで?」

 しかしバラギは、心配は無用だと言わんばかりに笑った。


「軍が出張ろうとも、いかなる者が手を尽くそうとも、アレをどうにか出来るものではない。ましてや人間にはその根源を捉える・・・・・・ことすら叶わぬ。何をどれだけ調べたところで、分かることなど皆無だというのに、何を心配することがある?」

「はぁ、そういうもんですか……」

 バラギは自信たっぷりだ。ハッジンは、確かに兵士が魔物化した時も突然のことで、その前後に何が起こったのかまるで分らなかったなと思い返す。


 が、そこで不意に思い出した。褐色の美少女が自分を突き飛ばしたこと、そしてなぜ突き飛ばしたのか、その理由を。



――― 黒い煙の生き物みたいなものが窓から這いずり出てきまして最初、ハッジン様に向かって来たんです ―――



「あ、そういや黒い煙がどうのとか言ってたっけか……」

 それは何気ない呟きだったが、それを聞いて先ほどまで余裕たっぷりだったバラギの表情が一変した。


「何? どういう事か?」

「え? あ、いや……ええっとですね、ホラ、ムカウーファの町でリュッグって傭兵と接触しろって言ったでしょう? オレにゃ何も見えなかったんですけども、魔物化した兵士に何か黒い煙が見えたとか何とか言って―――」

「―――なんだと!? アレが見える人間がいたというのか!? そのリュッグとかいう傭兵がか?!」

「え、え? いやあの……ちょ、顔怖いですって旦那」

 鬼気迫る形相で詰め寄ってきたかと思えば、一転してローブをひるがえしつつ背を向けた。


「その傭兵はその後、どこへ向かった?」

「え、あ、ええと……確か北の、そう、ジューバ! ジューバに行くって言ってた気がしますけど」

「そうか」

 短く切るとバラギは、ハッジンに向かってひょいっと袋を投げ渡す。中には結構な額の金貨が詰まっていた。


「え、なんすかコレ? また何か仕事を??」

「お前は面が割れている、今回は不要。ソレは情報料だ、……私が直々に出向く」

 それだけ言って、バラギはその場からさっさと姿を消した。



 ちょっと待ってと言いかけたハッジンだが、ローブの男の姿はもうどこにもない。


「……ま、いいか。黒い煙が見えたって言ってたのはシャルーアちゃんの方だけど、あの二人一緒に行動してるしな。……へっへ、思いもよらねぇ臨時収入だぜ♪」

 その日のうちにバラギはメサラマの町を発った。


 クサ・イルムの村の実験の帰結を確認することを放り出してまで、彼はリュッグ達の後を追っていった。






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