第65話 妖異なる急変
少し前。
「(?? ……黒い、煙……??)」
シャルーアの目にはハッキリと見えていた。魔物化したという男の家から、黒い
その動きは気体的な流動ではなく、まるで生き物が這い出てくるかのよう。苦しむ、というよりは何だか居心地が悪くなったから別のところへ移動しようとするかのような、感情めいたものすら感じられた。
しかし驚いたシャルーアが他の者を見回してみても、誰一人としてソレに気づいている様子がない。
用意された椅子に座って自分と交代で薬湯の鍋を混ぜている、隣のハッジンも気付いていないようだった。
「リュ―――」
―――リュッグ様と声をかけようとした刹那、黒い何かは薬湯の湯気の出どころに気づいたようで、急に動きが早くなる。
ちょうど今、薬湯の鍋をかきまわしているハッジンに向かって、薬湯の湯気の隙間を縫うようにしながら向かってきた!!
「ッ!」
誰かを呼んでる暇もハッジンに注意を促す時間もない。
シャルーアは弾けるように椅子から飛び出し、隣に座っていた彼に向かって飛びこんだ!
ドシンッ!!
「痛ぇっ!? な、なんだぁ???」
全身で飛び込んだために突き飛ばすという行為にはならず、ハッジンを地面に押し倒す形になったものの、向かってきた黒いモノは誰に当たることなく通り過ぎた。
シャルーアの胸の柔らかさとアングル、そしてそのシチュエーションから思わず鼻の下を伸ばしたくなる劣情にかられながらも、ハッジンはそれを抑える。
なぜなら押し倒してきた少女の表情が、至極緊急かつ危険に対する脅威を感じているようなものだったからだ。
「どうした、何があったシャルーア!?」
駆け寄るリュッグの声には強い危機感が宿っていた。
シャルーアは基本、お嬢様な少女だ。急に動いたり何かするというのはよほどの事がなければみずから行うタイプじゃないことをよく知っている。
「ハァハァ、ハァ……リュッグさま、皆様、お気を付けください……あのお家から黒いものが出てきて―――あ、危ないです!!」
叫ぶように声をかけたのは兵士の一人。
急な状況についていけず、キョトンとした彼に黒いモノがぶつかる!
バフゥッ!
「がっ!? ……な、……ぐ、きゅ、急に……か、身体が何かヘン……にっ??」
「おい、どうした!?」
同僚が急にうずくまって驚く隣の兵士。やはり黒いモノは見えていないらしい。
「これは……一体何が??」
ハンムもただ驚き立ち尽くすのみ。
そんな中、シャルーアはハッジンから身を引いて立ち上がると、軽く肩を震わせながらリュッグの裾の一部を掴む―――まるで怖いものを見た子供が親にすがるかのように。
「どうなっているんだ……シャルーア、黒いものがあの家から出てきたと言っていたが」
「はい、あれは……よくわかりません。黒い煙の生き物みたいなものが窓から這いずり出てきまして最初、ハッジン様に向かって来たんです」
「へ、お、オレに??」
ハッジンは自分を指さしながら驚く。やはり何も見えていなかったらしい。
「はい、ですが皆さまには見えていないようでしたので、それでやむ無く突き飛ばそうとしました、申し訳ございませんハッジン様」
「いや、いい判断だった。それで、その黒い煙みたいなものはどこへいった?」
人は自分の目では見えないモノをなかなか認め信じることができない。しかしリュッグは、あっさりとシャルーアの言を受け止めた。
以前、アズドゥッハとの戦いで不可思議な現象を起こしたこの少女には、何か特別なものがある可能性をかねてより認めていた。
(※「第28話 灼熱」参照)
「それが、あの兵士様に当たって……消えました」
「! ……そ、それがもし確かなら、その黒いモノとやらは部下の中に入ったと?」
ハッとしてハンムが慌てだす。何事が起こったのかは理解しきれないものの、うずくまる部下の様子からよろしくない事が起こっているのは明らか。
隣にいてその身をゆすりながら声をかけ続ける兵士に急ぎ合流し、どうにか介抱しようとする。
しかし――――
「ううう、ぐううううッ?!!!』
黒いモノが当たった兵士の右肩がボゴンと肥大化。続けて左肩も肥大化し、両太ももも急激に筋肉がパンプアップする。
しかも着ていた鎧の一部が砕けるほどだ、あまりに尋常ではない。
「いかん! ハッジン殿、シャルーア、こっちへ来るんだ! オババ殿はここから離れ、念のため村の者の避難を。外に我々が仮設したベースキャンプがある!」
「う、うむ……っ」
困惑。冷静に判断するにはあまりに短い時間で変化する状況。
『ウァァァアアアア!!!』
兵士は苦悶の叫びをあげながら、四肢を振るう!
ドガッ! ドゴッ!!
介抱せんとしていたハンムと兵士が吹っ飛ばされ、振るった両腕は人ならざる太さと長さになった。
そして兵士自身の顔面も怒りか苦しみか判断つかない壮絶な形相へと変わってゆき、犬歯が伸びて牙が出来る。
さらに頭の一部が内側からボゴボゴと波打ったかと思うと、いびつな形状で止まった。さながら、角でも生えているかのようになる。
「よ、ヨゥイ化……?!」
そうとしか考えられない変化。
リュッグが口にしたことでようやく、その場にいる全員が兵士の身に起った変化を理解し、にわかに状況を飲み込みはじめた。
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