第60話 運命の邂逅《ニアミス》




 刹那―――ローブを纏った男は走りだした。一直線にラハスに向かう!




「なっ、何を!!」

 その行動に、リュッグと兵士達が驚き終える前に両者の間合いは近づき、そして交差した。



『ゴガ!? ………グググ、ゥ……??』

 ラハスは何かされたのかと思ったのだろう。しきりに自分の身体のあちこちを両手で触り、傷がないか探す。


 どこにも怪我を負ってないと理解した途端、ローブの男に向き直ってグゲグゲと奇妙な笑い声をあげた。


「フッ……所詮は三流のクズ魔物。自分が何をされたのか理解できんか」

 ボソリと呟いて、男は片手をその場にいる全員に見えるように掲げた。物質ではない、何か禍々しく輝くオーラの塊のようなものがその手の中で揺らめいている。


 途端。


 ズシィンッ!!


『…?? ガ……ガガ??』

 ラハスが膝をついて倒れた。意識はハッキリしているらしく、自分に何が起こったのか分からないといったような表情を浮かべている。


「方々、安心されよ。コイツはもう動けない」

 と、言われてもはいそうですかとはいかない。確かにラハスは地に伏して満足に動けなさそうではある。


「……一体、そのヨゥイに何をなされた?」

 リュッグが警戒心を露わにしながら問いかける。確信を得られない限り、臨戦態勢を解く者はいない。


「なぁに、簡単な事です。私の “ 魔術 ” でもって、この魔物の “ キ ” ……分かりやすく言えば生命力を抜き取ったのです。なのでこの魔物は動けない、そういう事です」

 そう言ってコレがそうだと言わんばかりに、片手の中の禍々しい輝きを見せびらかす。そして―――


「……あ」

 シャルーアが咄嗟にあげた声、それとほぼ同時だった。


 ボシュッ!!


『ッ!! ……カ……、……――――』

 ローブの男がその輝きを握りつぶした途端、ラハスは満足な断末魔を上げる事もできずに絶命した。


「いかがですかな? 今度こそご安心を。実のところ、この魔術を準備するのに手間取ってしまいましてな、もっと早くにお助けできてましたら死人・・もなく済んだものを……我が力及ばず残念です」

 言われてリュッグ達はハッとした。

 吹っ飛ばされた二人の兵士が復帰してこない。慌てて後方の、砕けた壁から建物の中に向かった。




 しかしシャルーアだけはその場に立ちすくんだまま。そして何とも言えない表情で、ローブの男を見つめていた。


「? 御嬢さん、どうかしたかな。それとも安堵で腰が抜け、動けなくでもなったのかね?」

「………いえ……、なんでも、ありません……」


 シャルーアは理解できなかった。なぜリュッグと兵士達がこの場から動いたのか?


 だってアレは、アレは……――――アレ・・は、あの魔物よりもあんなに恐ろしい雰囲気を醸しているというのに!


「(……なぜ? どうしてこんなに気持ちが悪く感じるの? なぜリュッグ様達は、アレを見て背を向ける事が?? どうして……??)」

 シャルーアの豊かな胸の奥で、鼓動が早くなっていく。


 かつて、愛を捧げた男に散々に弄ばれた挙句、捨てられてもなお、その相手に悪感情を抱かなかった素直で優しい少女が、生れてはじめて “ 嫌悪感 ” と “ 拒絶感 ” というものを感じる。


 それは彼女の本能が告げているのか? 否―――その身、その存在の全てが警鐘を鳴らしているのだ。

 目の前の、“ 暗い焦げ茶色のローブ ” をまとった男を、全身全霊で嫌悪拒絶しなければいけないと、魂の底から訴えられてくる。


 それが彼女の目に見せているのだ。ローブの男の放つ、今まで遭った妖異からは感じた事もないような、他の誰にも見えない恐ろしくも異様なるオーラを。



 チリッ……


「ん?」

 ローブの男の視界の端で、シャルーアの髪の赤いところが、炎のようなものを放ったように見えた。


 しかしそれは極一瞬であり、真偽のほどを確認するには至らなかった。なぜなら……


「シャルーア、こちらへは来るな」

 建物の砕けた壁の中、彼女の後方からリュッグが声をかけたために、シャルーアの深まりかけた意識が引き戻され、炎を発したような痕跡は彼女の髪に見られなかったがゆえに彼は錯覚と断じ、さして気にもとめなかった。


「リュッグさま。何か―――」

 あったのですか、と言葉を紡ぎ出そうとして彼女は閉口する。雰囲気から察したからだ。


 ラハスに吹っ飛ばされた二人の兵士は死んでいたのだ、と。









「とんだ災難でございましたな……私めがもう少し早く気づいて、対処できればよろしかったのだが」

「いや、バラギ・・・殿のせいではない。むしろあなたがあそこでラハスを倒してくれていなければ、死者が増えていたことだろう、感謝する」

 ローブの男はバラギと名乗った。


 根無し草ながら長年にわたって魔術の研究に没頭している者だという紹介を受け、リュッグ達はそれを信じ、納得する。

 しかしシャルーアは、表面ではいつもと変わらない無表情を装いながら、内心ではこのバラギとかいう自称魔術師の存在を強く警戒していた。



「では、騒ぎも―――いや、どうやら砂嵐も収まったようですし、私は次の町へと向かう事にしますゆえ、これにて失礼いたします」

「次の町へって……あ、いや、あの異常化したラハスを一発で仕留められる方に、道中の心配は無粋でしたね」

 兵士がそう言うと、ローブの男は和やかに笑ってみせた。


「だが、もう夜が近い。この町で一晩明かされてから出立なされればよろしいものを」

 リュッグの言う事はもっともだ。夜を控えている頃合に町を出発するのは良い判断とはいえない。一番近い町や村でも歩きで数時間の道のりがある。


「夜だからこそ良いのですよ。魔術の道には星の運行……すなわち天体観測も重要な要因ですゆえ。では」

 

 

 ・


 ・


 ・


 ムカウーファの町、出口。


「ビックリしましたよー、いきなり現場に行くんですから。いや、そりゃあバレやしないとは思いますが」

「想定外の事態というものは1秒でも早く収めた方が良い。特に、こちらの支配下から外れた者は、余計をする前に始末するが最良だ」

 彼はゾッとする。金貨袋を受け取りつつも、逆らったら俺も殺されるのかと、軽く怯えた。

 しかし袋を開けた途端、大量の金貨の輝きを見て、その怯えはどこかへと吹っ飛んだ。


「ま、マジっすか!? めちゃくちゃ金額ありますけどコレ!?」

「取っておけ。次に頼む仕事の報酬と、その行動のための費用込みだ」

「あっ、そういうこと……ハァ、それで次は何をやりゃあいいんです?」

 辟易としている男に対し、ローブの男はそう嫌そうにするなと言わんばかりに微笑んだ。


「簡単なことだ。この町に留まり、あの魔物の遺体処分を見届けろ。可能なら一部を回収してこい、それが出来たら更に金を上乗せしてやる」

「りょ~かい。あんまキツそうな話じゃないですし、やれるだけやっときますよ」

 何より多額の報酬を頂いた分、しばらくのんびり遊べると、彼は肩から力を抜いた。


「頼むぞ……ああ、そうだ。ついでといってはなんだが、おそらく魔物の遺体処分の場にも関わってくるはずだ、あのリュッグとかいう傭兵と接触しておけ。顔は割れるが何かと縁のある連中だ。今後のためにも詳細を得られるなら得ておけ―――以上だ」

 強い一陣の風が吹くと共に、ローブの男の姿が消える。



 残された男はやれやれと両肩を上下させながら、ムカウーファの町中へと戻っていった。





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